屯所の門が軋む音を立てて開いた。最初に気づいたのは、庭で木刀を振るっていた永倉だった。
彼は動きを止め、門の方を見る。続いて沖田、藤堂、原田、斎藤――次々と視線が集まっていく。
何をするでもなく縁側に座ってぼんやりとしていた雪は、遅れて皆が注目する門へと向かう。
戻ってきたのは、今朝から出払っていた近藤、土方、芹沢の三人である。
三人とも無事だ。それだけで、張り詰めていた空気が一度ほっと緩む。
「おかえりなさい」
誰かが声を上げる前に、近藤が一歩前に出た。
今朝の優しい穏やかさはなく、局長としての厳しさを滲ませた目を向ける。
「皆、手を止めて集まってくれ」
その声は、いつもの柔らかさを残しつつも何処か違っていた。
命令というよりも、淡々と会津藩邸で何を伝えられたのかを告げる声だった。
隊士達が庭に集まり、雪も縁側の陰からそっと輪の外に立った。
全員の視線が、自然と三人に向く。
「本日より――」
近藤は一度、言葉を切った。微かな迷いと戸惑いを感じさせたのである。
一同の表情がきつく締まり、屯所には重い空気が漂う。
「我ら壬生浪士組は、会津藩預かり新撰組と名を改める」
一瞬、静寂が屯所の中に広がる。誰もすぐには声を上げなかった。
それは喜びがないからではない。その名が、あまりにも重いことを誰もが直感的に理解したからだ。
「……新撰組」
誰かが小さく、確かめるように呟く。
沖田は口角を僅かに上げたまま、何も言わない。藤堂は目を輝かせつつも、はしゃぐのを堪えている。原田と永倉は顔を見合わせ、ゆっくりと息を吐いた。斎藤は襟巻きで口元を隠し、静かに目を閉じる。
そして土方。彼は、一歩前に出ると真っ直ぐと前を見据える。
「名をもらったからって、何かが変わるわけじゃねぇ」
低く、はっきりした声だった。陰に隠れていた雪がハッと息を呑むほど、真っ直ぐで曇りのない声。
「今まで通り……いや、今まで以上に規律を守れ」
視線が鋭く、全員を貫く。
「俺達はもう“浪士”じゃねぇ。都を預かる剣だ」
その言葉に、背筋が自然と伸びた。
都を預かる剣、それは市民を守るために戦うことを指している。
壬生浪士組、いや、新撰組こそが市民を守るための刀となるのだ。
「一人の不始末が、組全体を斬ることになる。覚悟のねぇ奴は、今からでも名を返して出ていけ」
あまりにも乱暴で、直接的な酷い言葉。けれど、それは土方なりの気遣いであるとこの場にいる全員が理解している。
だから誰も動かない、誰も目を逸らさない。その沈黙こそが、答えだった。
「……よし」
土方はそれだけを言って下がる。下がった後に彼が見せたのは、満足げな笑みであった。
しばしの静寂の後、近藤が少しだけ柔らかく微笑んで言う。
「これからは、名に恥じぬ働きをしよう」
それで話は終わる。皆で決意を固めて声を上げることも、宴も、万歳もない。
だが、その日を境に確かに何かが変わった。
彼は動きを止め、門の方を見る。続いて沖田、藤堂、原田、斎藤――次々と視線が集まっていく。
何をするでもなく縁側に座ってぼんやりとしていた雪は、遅れて皆が注目する門へと向かう。
戻ってきたのは、今朝から出払っていた近藤、土方、芹沢の三人である。
三人とも無事だ。それだけで、張り詰めていた空気が一度ほっと緩む。
「おかえりなさい」
誰かが声を上げる前に、近藤が一歩前に出た。
今朝の優しい穏やかさはなく、局長としての厳しさを滲ませた目を向ける。
「皆、手を止めて集まってくれ」
その声は、いつもの柔らかさを残しつつも何処か違っていた。
命令というよりも、淡々と会津藩邸で何を伝えられたのかを告げる声だった。
隊士達が庭に集まり、雪も縁側の陰からそっと輪の外に立った。
全員の視線が、自然と三人に向く。
「本日より――」
近藤は一度、言葉を切った。微かな迷いと戸惑いを感じさせたのである。
一同の表情がきつく締まり、屯所には重い空気が漂う。
「我ら壬生浪士組は、会津藩預かり新撰組と名を改める」
一瞬、静寂が屯所の中に広がる。誰もすぐには声を上げなかった。
それは喜びがないからではない。その名が、あまりにも重いことを誰もが直感的に理解したからだ。
「……新撰組」
誰かが小さく、確かめるように呟く。
沖田は口角を僅かに上げたまま、何も言わない。藤堂は目を輝かせつつも、はしゃぐのを堪えている。原田と永倉は顔を見合わせ、ゆっくりと息を吐いた。斎藤は襟巻きで口元を隠し、静かに目を閉じる。
そして土方。彼は、一歩前に出ると真っ直ぐと前を見据える。
「名をもらったからって、何かが変わるわけじゃねぇ」
低く、はっきりした声だった。陰に隠れていた雪がハッと息を呑むほど、真っ直ぐで曇りのない声。
「今まで通り……いや、今まで以上に規律を守れ」
視線が鋭く、全員を貫く。
「俺達はもう“浪士”じゃねぇ。都を預かる剣だ」
その言葉に、背筋が自然と伸びた。
都を預かる剣、それは市民を守るために戦うことを指している。
壬生浪士組、いや、新撰組こそが市民を守るための刀となるのだ。
「一人の不始末が、組全体を斬ることになる。覚悟のねぇ奴は、今からでも名を返して出ていけ」
あまりにも乱暴で、直接的な酷い言葉。けれど、それは土方なりの気遣いであるとこの場にいる全員が理解している。
だから誰も動かない、誰も目を逸らさない。その沈黙こそが、答えだった。
「……よし」
土方はそれだけを言って下がる。下がった後に彼が見せたのは、満足げな笑みであった。
しばしの静寂の後、近藤が少しだけ柔らかく微笑んで言う。
「これからは、名に恥じぬ働きをしよう」
それで話は終わる。皆で決意を固めて声を上げることも、宴も、万歳もない。
だが、その日を境に確かに何かが変わった。



