想いと共に花と散る

 畳を踏む音が、やけに大きく響いた。
 磨き込まれた廊下は広く、静まり返っていて、三人の足音すら余計なもののように感じられる。
 先を歩いていた案内の藩士が立ち止まり、襖の前で一礼した。

「こちらに」

 低く告げられ、襖が静かに開かれる。いつぞやに感じた緊張をこの日も感じた。
 室内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。香の匂いが微かに漂い、奥には几帳の影、その向こうに若き主が座している。

 京都守護職、松平容保。

 見目や年齢は微かな未熟さを感じさせる若さを残している。だが、その若さから生まれるであろう軽さは微塵もない。
 穏やかな面差しの奥に、都と幕府、そして御所そのものを背負う重さが沈んでいる。
 だからなのか、浪士である近藤達を前にしても松平は横暴な態度を見せない。ただ静かに、そこに座しているだけである。
 三人が横並びで座り頭を下げると、松平の長としての威厳を宿す視線が三人を静かに捉えた。

「面を上げよ」

 抑揚の少ない声だった。命令でありながら、威圧ではない。
 その声に近藤がゆっくりと顔を上げる。芹沢は鼻で小さく息を吐き、土方は一切表情を変えず前を見据えた。

「此度の御所警護、確かに見届けた」

 やはり、三人を呼び出したのは御所警護に関する話をするためであったらしい。
 あくまでも腕が立つ浪士を利用するために任せた御所の警護。それを無事に終えた壬生浪士組が仕えるに値するのか見極めてやろう、そういう魂胆が見透かせる。
 土方は表情こそ変えずとも、膝の上に置いた手を握り締めた。

「騒ぎを大きくせず、剣を抜くべき時と抜かぬ時を見極めた。浪士でありながら、統制が取れていた」

 褒めているのか、はたまた試しているのか、その言葉の境は曖昧だった。
 これには土方だけでなく、近藤と芹沢の表情にすら陰が落ちる。

「だが、都を守るということは、己を律することでもある。力を持つ者ほど、暴走は許されぬ」

 松平の感情を感じさせない淡々とした言葉に芹沢の口元が僅かに歪む。
 土方は、ほんの一瞬だけ奥歯を噛み締めた。

「それでもなお、お前達を用いる価値があると判断した」

 その言葉に、近藤は深く頭を下げる。芹沢も続き、土方も畳に額が触れるほどに深く頭を下げた。

「恐れながら。我ら壬生浪士組、一命を賭して御役目を果たす所存にございます」

 近藤の嘘偽りのない真っ直ぐな物言いに容保は静かに頷いた。
 その次の瞬間から場の空気は少しばかり緩む。松平が笑みを落としたのを伏せていても感じるほどにだ。
 しかし、次の松平の言葉によって再び場には緊張が走る。

「ならば、名を与えよう」

 その場の空気が、わずかに張り詰めた。ぴくりと三人の方が揺れ動く。

「今後、壬生浪士組は……――新撰組と称する」

 その言葉は、重く、静かに落ちた。
 誰も声を上げない。喜びの色はない。ただ、それぞれがその名の重みを噛み締めていた。

「新撰組は、会津の預かりとする。幕府の剣として振る舞え」

 優しい口調だった。だが、そこに逃げ道はなかった。

「掟を破り、名を汚す者があれば――」

 言葉は途中で止められた。
 それでも、続きを想像するには十分だった。

「心得ております」

 近藤が応じる。その声に、迷いはない。
 土方は一礼したまま、静かに目を伏せた。この名を守るためなら何を斬ることになるのか、それを考えぬほど、彼は甘くなかった。
 芹沢は、何も言わない。ただ、その沈黙が、後の火種であることを誰もが知らぬふりをした。

「下がれ」

 命じられ、三人は再び深く頭を下げる。
 廊下に戻った瞬間、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。だが、誰も口を開こうとはしない。

 新撰組――。

 その名は栄誉ではなく、首に掛けられた縄のように感じられた。
 守らねばならない。
 背負わねばならない。
 それぞれが胸に違う思いを抱えたまま、三人は無言で藩邸を後にした。