根暗な貴方は私の光


「そろそろだな」

 もう動くことのない力尽きた壁掛け時計を見ながら芝は呟く。現在の時刻と全く違う時刻を指し示すその時計は、まるで止まってしまった彼らの時間を表しているかのようだった。
 芝は仁武達へ目配せをすると写真館を出ていく。最後に江波方が紬の方を見ることはなかった。

「清弘」

 小さく彼の名前を口にする。けれど、彼がその呼びかけに応えることはなかった。
 行ってしまう、何も言えないまま彼はいなくなってしまう。そう心の中にいる自分が訴えかけているのに、結局動けないままだった。

「さようなら」

 扉に手を掛け一瞬だけ振り返った仁武は小さくそう言った。まるでこれまでの関係を断ち切るような、全てに終止符を打つ言葉であった。
 追いかけようとした蕗が閉じられた扉の前で立ち止まる。今この瞬間、彼らとの時間が終わってしまったことを察してしまったようであった。
 それでも蕗の表情にはまだ迷いがある。そして微かな希望に縋り付いているのだ。

「まだ遅くない。今なら間に合うわ」

 それは自分自身に言った言葉だったのかもしれない。今彼らを追いかければ、もう一度彼の名前を呼べば振り返ってもらえる。
 紬にも希望はあった。彼と共に明日を迎えることを望んだ、一緒に生きたいと思った。
 けれど、もうどうしようもないのだということも分かっていた。写真館を出ていく時に名前を呼んだのに彼は振り返らなかった、それが答えだったのだから。

「そうよ。言いたいことがあるんでしょう? なら早く伝えに行かないと」

 和加代も立ち上がって蕗の背中を押す。全てを諦めてしまった自分達とは違い、蕗には諦めてほしくなかったのだ。
 伝えたいことがあるのなら伝えに行くべきだと思った。言いたいことがあるのなら言うべきだと思った。
 伝えずに終りを迎えてもその先にあるのは後悔だけなのだから。

「分かった」

 これまでに見たことのない蕗の決意に染まった真っ直ぐな瞳。彼女には紬と和加代の想いも伝わったのだろう。