根暗な貴方は私の光

 とくんと心臓が高鳴った。異性に腕を掴まれているのに不快には感じず、むしろ喜んでいる自分がいる。
 分からない。何が起こっているのか全く持って理解できなかった。
 江波方の向ける曇のない真っ直ぐとした目を見ていると心臓がバクバクと暴れ出す。

「いきなり何を言い出すんだって思うかもしれませんが、聞いて下さい。俺はこれまで誰かのことを一番に考えることがなかった。自分のことすら疎かにするような奴だったんです。でも、五十鈴さんと会う度に何とも言えない気持ちになって……。あまり誰かに自分の気持ちを言うことが得意ではないので、上手く伝えられないのですが……」

 ずっと気づきたくないと思っていた。一度この気持ちに気づいてしまえば後戻りできなくなると知っていたから。
 でも、この気持ちに嘘は吐けなかった。人間の感情というものは恐ろしいくらいに素直で、そして冷静な判断力を奪っていく。
 少しずつ、少しずつその想いが形作られていく。もう、何もせず黙ってはいられなかった。

「俺は、貴方のことが____」

 江波方の言葉が途切れた。ふわりと彼の汗と灰の混ざった匂いが鼻腔を掠める。
 ずっとずっと前から願っていた。ありのままの自分の気持ちを表にさらけ出し、彼に近づきたいと。
 鼻と鼻がこつんとぶつかり、目を閉じていても江波方が動揺している姿が容易に想像できた。
 ゆっくりと顔を離す。ここに来て初めて江波方と目が合った。

「やっと安心できた」
「んえ?」

 状況が飲み込めず呆けた様子の江波方の情けない声を聞きながら、紬はいたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべた。
 そして彼の隣に腰を下ろし、分厚い肩の上に頭を置く。
 今更遠慮なんてするつもりはなかった。だってもう、自分の想いを伝えられるのだから。

「私、好きなの。江波方さんのことが」
 
 ありったけの愛おしさを込めて彼の名前を口にする。はやり自分の心は間違いではなかった。
 ずっと江波方を前にして感じていた胸の高鳴り、胸の痛みはかつて親友が抱いていた想いによるものだったのである。

「ねえ、紬って呼んで」
「……紬、さん」
「敬称はいらない。今だけは、呼び捨てで……」

 嗚呼、目の奥が熱い。嬉しくて、嬉しくて、今にも泣き出してしまいそうだった。
 彼に出会った頃は憐れみだった感情も今では立派な恋心に発展していた。今更嘘を吐けるはずもなかった。

「紬」
「なあに」
「俺のことも名前で呼んでください。清弘(きよひろ)って」

 出会って初めて彼の名前を知った。今まで紬は江波方のことを何も知らなかったのである。
 出身も年齢も血液型も何も知らないのに好きになったのは、彼が向ける不器用な優しさだったのだろう。