屋敷を出てからも、江波方はずっと手を握ってくれていた。紬が抱いていた不安を彼は感じ取っていたらしい。
行きに通った道を歩きながら紬はぽつりと呟く。
「私の父はね、戦争で死んだの」
江波方の握る手に力が入った。決して痛みはないが、心臓が鷲掴みにされたように痛む。
紬にとっても江波方にとっても戦争という言葉は、聞いているだけで頭が痛くなりそうだった。
「父の元に赤紙が届いて、私は目の前が真っ白になった。何が起きているのか理解できなくて、どうして祝福されるのか理解できなかった」
十数年も昔のことである。今では父の顔も母の顔も思い出せない。それでも、玄関先で見た父の穏やかな微笑みは今でも鮮明に覚えていた。
父が出征する日、頭が痛いのは本当だったが動けないほどではなかった。頭が痛かったのは前日の夜に独りでなく喚いたから。
きっと父にも母にもその声は聞かれていただろう。だから、尚更父に別れの言葉を言えなかったのである。
「せめて最期くらい、顔を見せてあげるべきだったって今でも後悔している。最期くらい、父の顔を見れば良かった……」
前を見据えた紬の瞳が潤んだ。決して涙が流れることはないが、その小さな変化を江波方は見逃さなかった。
見逃さなかったとはいえ、彼女に対して何かできるわけではない。江波方には彼女の言葉を静かに受け止めることしかできないのだ。
「私、お父さんとお母さんを置いて家を出たの。二人を捨てたの。家族だったのに、愛していたのに……」
恐らく江波方が相手でなければ吐き出すことのなかった本音である。今日だけで何度自分の本心を打ち明けたか分からない。
不思議と江波方が隣りにいたら隠していたはずの、蓋をしていたはずの本音が溢れて止まらなくなるのだ。
その細くて常に光のない目で見つめられるのが不思議と心地良い。ずっと見ていてほしい、ずっとその瞳に自分だけが映っていたい。
「五十鈴さんは何も悪くありません。五十鈴さんは、ずっと独りで頑張ってきたんです」
頭よりも少し上から声が降ってきた。低く重々しい男性の声、鋭いようでいて優しさを帯びている。
その声で発される言葉が心に深く突き刺さって、その声を聞いていると目の奥が熱くなる。
「もう、独りじゃないですから」
見上げた先にある江波方の顔が歪んでいたのは、涙のせいだ。
行きに通った道を歩きながら紬はぽつりと呟く。
「私の父はね、戦争で死んだの」
江波方の握る手に力が入った。決して痛みはないが、心臓が鷲掴みにされたように痛む。
紬にとっても江波方にとっても戦争という言葉は、聞いているだけで頭が痛くなりそうだった。
「父の元に赤紙が届いて、私は目の前が真っ白になった。何が起きているのか理解できなくて、どうして祝福されるのか理解できなかった」
十数年も昔のことである。今では父の顔も母の顔も思い出せない。それでも、玄関先で見た父の穏やかな微笑みは今でも鮮明に覚えていた。
父が出征する日、頭が痛いのは本当だったが動けないほどではなかった。頭が痛かったのは前日の夜に独りでなく喚いたから。
きっと父にも母にもその声は聞かれていただろう。だから、尚更父に別れの言葉を言えなかったのである。
「せめて最期くらい、顔を見せてあげるべきだったって今でも後悔している。最期くらい、父の顔を見れば良かった……」
前を見据えた紬の瞳が潤んだ。決して涙が流れることはないが、その小さな変化を江波方は見逃さなかった。
見逃さなかったとはいえ、彼女に対して何かできるわけではない。江波方には彼女の言葉を静かに受け止めることしかできないのだ。
「私、お父さんとお母さんを置いて家を出たの。二人を捨てたの。家族だったのに、愛していたのに……」
恐らく江波方が相手でなければ吐き出すことのなかった本音である。今日だけで何度自分の本心を打ち明けたか分からない。
不思議と江波方が隣りにいたら隠していたはずの、蓋をしていたはずの本音が溢れて止まらなくなるのだ。
その細くて常に光のない目で見つめられるのが不思議と心地良い。ずっと見ていてほしい、ずっとその瞳に自分だけが映っていたい。
「五十鈴さんは何も悪くありません。五十鈴さんは、ずっと独りで頑張ってきたんです」
頭よりも少し上から声が降ってきた。低く重々しい男性の声、鋭いようでいて優しさを帯びている。
その声で発される言葉が心に深く突き刺さって、その声を聞いていると目の奥が熱くなる。
「もう、独りじゃないですから」
見上げた先にある江波方の顔が歪んでいたのは、涙のせいだ。



