荒廃した世界で、君と非道を歩む

 始めて見た。志筑の涙なんて、出会って初めて見た。
 これまでに何度も涙を流したから分かる。涙というのは無意識の内に溢れ出して、自分の力では止められず流れ出るのだ。
 嗚呼、志筑も泣くんだ。殺人鬼のくせに、人殺しのくせに、人との約束を踏み躙ったくせに、人間らしく邪魔な感情に振り回されて涙を流すんだ。
 でも、志筑の涙は目から溢れ出ることはなかった。目の中に溜め込むだけで、目から溢れて頬を濡らして顎先から落ちることはなかった。
 やっぱり、前言撤回する。志筑は泣けない。もう人間としての心を失った哀れな道化師でしかない彼は、流す涙など枯らして無惨に現実に押し潰されていくのだ。
 お似合いじゃないか。出会わなければよかったなんて酷いことを言ったのだ、これくらい傷つく方がよく似合っている。

「あー、くそっ。どうすりゃいいんだよ……」

 首を振って涙を拭った志筑の目は、出会った頃の荒々しさを帯びていた。暗闇に光る二つの三日月。あの目は人殺しの目をしていた。
 
「どうするもこうするもない」

 目の前にいるのは運命の人ではない。ただの人殺し。蘭の父親を殺し、何人もの人の命を奪った最低な生き物。
 それでも、蘭はそんな最低な人殺しと同じ時間を過ごしてきた。そんな最低な人殺しとここまで来た。

 二人は死に場所を求めて旅を続けてきたのだ。

 旅と言うにはあまりに短い時間だっただろう。夜の路地裏で出会って廃墟ビルで一夜を明かし、繁華街に行って海に行った。
 海辺で謎のチャラ男と出会って彼の旅館に一晩泊まった。その後別の街までタクシーで移動して、ショッピングモールでおそろいのマスコットを手に入れた。
 蘭の手の中、志筑のコートのポケットの中にはクレーンゲームで手に入れたマスコットがある。

「私達がこの旅を始めたのは死に場所を見つけるため。私の理想の死に場所であんたが私を殺す。私、見つけたよ」

 獣道から抜け出した蘭は握り締めていた犬のマスコットを志筑の眼前に掲げた。
 黒曜石のように真っ黒で、見るもの全てを吸い込みそうな大きな瞳には光が宿っている。願いを叶える人間は一瞬にして希望を見つけるのだ。

「ここが、理想の死に場所だ」

 コートのポケットの中に入っていた志筑の右手首を掴むと、そのまま引っ張り出して自身の首元に当てる。

「ほら、私を殺してよ。今なら誰もいない。ねぇ、ここが旅の終着地だよ」

 到底、初めて二人で訪れた海とは似ても似つかない海が崖の下には広がっている。
 それでも蘭にとって海とは志筑と約束を交わした場所という思い入れがあったのだ。たとえあの時とは違う海だとしても、海自体はどこまでも続いている。