荒廃した世界で、君と非道を歩む

 しばらく二人の間に沈黙が流れる。蘭の嘆きのような独り言のような言葉に志筑は何も答えられなかった。
 そうして海辺を走っていた電車は、無人の寂れた駅へと滑り込む。ぼんやりと志筑の背後に広がる景色を眺めていた蘭は、徐々に電車が減速していくと座席から立ち上がった。

『終点、終点です。傘などの忘れ物がないようお気をつけてお降りください』

 アナウンスが車内に流れ、電車はゆっくりと減速した後停車した。二人は扉が開くと電車を降りる。
 駅を出ると目の前には灰色の海が広がっていた。曇天と相まって何とも寂しげである。

「私ね」

 一足先に改札口を抜けた蘭は振り返ること無く歩きながら口を開く。緋色の上着を羽織らず脇に抱える彼女の後ろ姿を追いながら、志筑はその言葉の続きを黙って待った。

「死ぬなら何処でも良かったの」

 死に場所を探すための逃避行。

 二人が現実から目を逸らし、世間から見放されると分かっていながら始めた逃避行。元は蘭の身勝手な願いから始まったものだった。
 夜の路地裏で人を殺している志筑を見た蘭は、逃げようとせずあろうことか彼に懇願した。

『ねえ、私を連れて行って』

 そして星空の下、彼に願った。

『私、志筑に殺してほしい』

 全部、志筑がいなければ叶えられない願いだった。最低条件は志筑が隣りにいること、それ以上のことは何も望まない。
 志筑が隣りにいるだけで良かった。志筑は蘭にとって理想の運命の人だったのだ。
 ずっと昔から、蘭は志筑に守られてきた。全てを思い出した今、志筑なくしては生きられないのだ。

「理想の死に場所なんてどうでもいい。ただ、誰にも邪魔をされない二人だけの世界であんたに殺されたいだけ」

 もう少し生きてみようなんて思わない。もう、生きていることに疲れてしまった。

「あんたがどうすれば後悔せずに終わらせられるかなんて私には分からない。何をしたって、あんたは後悔するよ」
「やめろ……。ありもしねぇことを言うな」
「ありもしない? ううん、これから起こるよ。俗に言う、悲劇ってやつが」

 振り返った蘭はやけに窶れた笑顔を浮かべる。脇に抱えていた緋色の上着を羽織り直し、フードを深く被ると志筑に背を向けた。
 あの闇に包まれた路地裏で出会った、絶望した表情を浮かべる少女と姿が重なる。
 もう、無邪気に笑って今という時間に全力を注ぐ少女は何処にもいなかった。