鉄錆の匂いが鼻腔を貫く。ぼんやりとしていた意識が鮮明になり、目の前に掛かっていた霧が晴れるようにして視界が開けた。
人が、死んでいる。
目の前で男の人が白目を剥いて、口から血と泡を吹いて、頭から血を流して、腕を有り得ない方向に曲げて死んでいる。
「う、うわ……あ………」
気持ち悪くて胃の中がぐるぐると回り始めて、目の前が歪んで頭が痛くて、思わずその場に尻餅を付いた。
ぐちゃっ。
床に手を付くと、掌一面に何かべっとりとした液体の不快な感触が広がった。
見てはいけない。
そう本能が叫んでいる。それなのに視線はゆっくりと背後へと向けられて。
途切れ途切れの吐息と自分自身の心音が鼓膜を揺らす。息苦しい、頭が痛い、気持ち悪い。
自分の背後にあったのは。
女の死体だった。
壁に背を預けて項垂れている女の首元から滝のような血が溢れていた。流れ出た血液は自分の足元にまで広がっている。
床に付いていた手を上げて裏返すと、暗い部屋の中でも分かるほどに赤黒い血液が掌全体に付着していた。
「うわああ!」
死体を目の前にして正気でいられる人間などこの世にいるのだろうか。少なくとも自分は正気ではいられなかった。
一刻も早くこの血生臭い空間が出たくて、玄関口の方へ一目散に走り出す。
逃げないと、逃げないと、逃げないと。こんな気持ち悪い場所から早く逃げないと。
脳内で誰かがそう叫んでいる。誰なのかは分からないし分かりたくもない。それでも今はこの声に従うしかなかった。
玄関扉の前に辿り着くと、震える手で乱暴に鍵を開ける。この扉を開ければ、きっと光が待っている。こんな薄暗い地獄なんてなくて、明るい世界が待っているのだ。
そう、信じていたのに。
「よお、僕ちゃん。出迎えてくれてありがとぉなぁ」
扉を開けて待っていたのは、自分よりもうんと背の高い二人の男だった。太陽の光が二人の頭に重なって、顔が逆光で隠れている。
誰だこの人達。どうしてこの家を知っているんだ。
この家? この家って誰の家だ? 自分はこの家に住んでいる、いや、自分は一体誰だ?
目の前の状況に理解が追いつかず、頭の中で次から次へと疑問が通り過ぎていく。
ドアノブを握る手をゆっくりと下ろして、自分はぼんやりと光りのない死んだ魚の目を目の前の男に向けた。
「えらい物騒な見た目してるやんか。ちょーっち、俺達と一緒に来てくれんか」
「先輩、一々話しかけなくていいですら。早く待機している奴等に指示を出して、捜査を始めましょうよ」
先輩? この訛りのある話し方をする男は、隣りに立つ気の強うそうな男の先輩なのか。
最早、どうでもいい疑問が脳内を満たしていく。これは、諦め、というやつなのだろうか。
先輩と呼ばれた男がこちらに手を伸ばす。真っ白な手袋に包まれた大きな手が、自分の骨が浮き出た木の枝のような手首を掴んだ。
それからのことはよく覚えていない。気がつけば、警察署の取調室という場所にいた。
人が、死んでいる。
目の前で男の人が白目を剥いて、口から血と泡を吹いて、頭から血を流して、腕を有り得ない方向に曲げて死んでいる。
「う、うわ……あ………」
気持ち悪くて胃の中がぐるぐると回り始めて、目の前が歪んで頭が痛くて、思わずその場に尻餅を付いた。
ぐちゃっ。
床に手を付くと、掌一面に何かべっとりとした液体の不快な感触が広がった。
見てはいけない。
そう本能が叫んでいる。それなのに視線はゆっくりと背後へと向けられて。
途切れ途切れの吐息と自分自身の心音が鼓膜を揺らす。息苦しい、頭が痛い、気持ち悪い。
自分の背後にあったのは。
女の死体だった。
壁に背を預けて項垂れている女の首元から滝のような血が溢れていた。流れ出た血液は自分の足元にまで広がっている。
床に付いていた手を上げて裏返すと、暗い部屋の中でも分かるほどに赤黒い血液が掌全体に付着していた。
「うわああ!」
死体を目の前にして正気でいられる人間などこの世にいるのだろうか。少なくとも自分は正気ではいられなかった。
一刻も早くこの血生臭い空間が出たくて、玄関口の方へ一目散に走り出す。
逃げないと、逃げないと、逃げないと。こんな気持ち悪い場所から早く逃げないと。
脳内で誰かがそう叫んでいる。誰なのかは分からないし分かりたくもない。それでも今はこの声に従うしかなかった。
玄関扉の前に辿り着くと、震える手で乱暴に鍵を開ける。この扉を開ければ、きっと光が待っている。こんな薄暗い地獄なんてなくて、明るい世界が待っているのだ。
そう、信じていたのに。
「よお、僕ちゃん。出迎えてくれてありがとぉなぁ」
扉を開けて待っていたのは、自分よりもうんと背の高い二人の男だった。太陽の光が二人の頭に重なって、顔が逆光で隠れている。
誰だこの人達。どうしてこの家を知っているんだ。
この家? この家って誰の家だ? 自分はこの家に住んでいる、いや、自分は一体誰だ?
目の前の状況に理解が追いつかず、頭の中で次から次へと疑問が通り過ぎていく。
ドアノブを握る手をゆっくりと下ろして、自分はぼんやりと光りのない死んだ魚の目を目の前の男に向けた。
「えらい物騒な見た目してるやんか。ちょーっち、俺達と一緒に来てくれんか」
「先輩、一々話しかけなくていいですら。早く待機している奴等に指示を出して、捜査を始めましょうよ」
先輩? この訛りのある話し方をする男は、隣りに立つ気の強うそうな男の先輩なのか。
最早、どうでもいい疑問が脳内を満たしていく。これは、諦め、というやつなのだろうか。
先輩と呼ばれた男がこちらに手を伸ばす。真っ白な手袋に包まれた大きな手が、自分の骨が浮き出た木の枝のような手首を掴んだ。
それからのことはよく覚えていない。気がつけば、警察署の取調室という場所にいた。



