荒廃した世界で、君と非道を歩む

 志筑の胸の中でひたすらに涙を流し続け、喉が枯れて泣き疲れてきた頃。
 二人だけの地下鉄のホームに電車が近づいてくる音とアナウンスが響き渡った。

『まもなく電車が到着します。黄色い点字ブロックよりも────』

 アナウンスが聞こえると蘭の中にあった不安の気持ちが少しばかり薄れた。志筑の身体から自ら離れると頬を濡らしていた涙を拭う。
 ホームに電車が入ってきて、蘭はベンチから立ち上がると志筑の手を握ったまま電車へと向かって歩き出す。
 引き摺られるようにして立ち上がった志筑も蘭の後に続いて電車に乗り込んだ。
 二人が電車に乗り込むと同時に扉が閉まる。車内には二人以外に誰も乗っていなかった。降りてくる人も乗り込む人もいない。
 もしかしたら、自分達以外の人間は皆いなくなってしまって、二人だけの世界になってしまったのかもしれない。
 そんなことを考えた蘭は、適当な座席に腰を下ろすと傍に立っていた志筑に視線を送る。
 志筑も座るように促すと彼は蘭の隣に隙間を開けずに座った。蘭は壁と志筑に挟まれて狭いと適当に理由を付け、志筑の方に頭を乗せる。

「疲れたね」
「ああ」

 短い遣り取り。最早、会話を続ける気力も残ってはいなかった。

「あ……」

 窓の外に視線を投げていた志筑は不意に声を上げる。ゆっくりと動き出す電車と反対方向に動き出す景色の向こう側に視線を固定したまま、志筑は蘭の身体を庇うようにして自身のコートの中に隠した。
 視線の先にいたのは、先程ショッピングモールで見た三人組の刑事である。

「ど、どうしたの?」
「蘭、その上着脱いどけ。多分、あいつらはお前のその上着を目印にして探してる」
「え、あ、うん。分かった」

 半ば納得していない様子の蘭だが、志筑の切羽詰まった様子を見て渋々緋色の上着を脱いだ。
 車内は暖房が効いていて上着を脱いでも肌寒さは感じない。脱いだ上着を胸の前で抱くと、寒くはないが志筑の身体に寄り掛かった。
 寒さを感じないのは志筑も同じである。だが、薄っすらと感じる蘭との距離感を埋めるために蘭の頭に触れる。
 そのまま勢いに任せて蘭の身体を抱き寄せた。蘭もされるがままに志筑に身を委ねる。
 駅を出てから車窓は暗闇に包まれ、一向に地上に出る気配はない。誰もいない車内にはガタンゴトンという激しい音が響くだけで、代わり映えのない時間が電車の動きと連動して流れていった。

「このまま終点に着くまで寝ちゃおうか。どうせ駅につくまで何もできないし」
「それもそうだな」

 志筑がそう言うなり蘭は一度身動ぎすると眠りにつく体制に入る。志筑も眠気に襲われ、コックリコックリと船を漕ぎ始めた。
 ゆっくりと視界が闇に包まれていく。少し眠ろう。きっと、このたびの終点に着く時、あいつらとの追いかけっこが始まるだろうから。
 今の内にゆっくと身体を休めよう。そしてまた、二人で逃げ回るんだ。この世界から。