荒廃した世界で、君と非道を歩む

 背中を向け歩き出した男は、先程よりも歩く速度を速めて先へと進む。次第に広がっていく距離が心の距離感を表しているようで、なんとも居た堪れなかった。

「あっそ」

 男の吐き捨てたような返事が空中に溶けて消える。男はその一言に一体どれだけの想いを込めているのか、自分に分かるはずもなかった。
 けれど家に帰りたくないという想いは嘘ではない。家に帰ったところで出迎えてくれる人などいないし、時折帰って来る親も自分達のしたいことをするだけ。
 ただ帰ってきて、ただ風呂に入って、ただご飯を食べて、ただ寝る。
 親との間に愛もなければ絆もない。声なんて、顔なんて、もう何年もまともに見ていないし聞いてもいなかった。
 だから親のことを親だなんて思わない。血の繋がった他人、自分以外の人間は全て他人だと考えているのだ。
 そのくせ、前を歩いている殺人鬼は親よりよっぽど人間らしさがある。この男が世間を騒がせている殺人鬼だとは思えなかった。

「着いたぞ」

 ぼんやりと考え事をしながら男の背を追いかけていると、男が数歩先で立ち止まっているのが目に入った。
 駆け足でその隣に向かうと、男に習って傍に建つ建物を見上げる。静かな住宅街の中にボロボロのビルが建っていた。

(まさか、この中に入るってこと?)

 懸念は的を正確に捉えて、男は一瞬こちらに目を向けるとビルの中に入っていく。そのまま正面にある薄暗い階段を登って行った。
 いかにも廃墟といった建物に男の足音が響き渡る。遅れて建物の中に入り、古びたコンクリート造りの階段に足を掛けた。
 静寂の中に二人分の足音が響き渡る。空間に足音が響くだけで、それ以外の音は何一つとして耳に届かない。まるで異世界にいるように感じた。
 階段を登り建物の三階に辿り着くと、二人を出迎えるようにひび割れた扉が鎮座していた。傍らに立っていた男は扉に手を掛けると、立て付けが悪いのか力ずくで扉を開ける。
 扉が開くと埃とカビが入り混じった匂いが鼻腔を突き刺す。入るように促されて中に入ると、そこは随分と荒れた汚い部屋だった。

「うっわぁ……いかにもあんたの部屋って感じ」
「さっきから失礼なことしか言わねぇな」
「だって本当のことじゃん」

 外から見ると廃墟のようにしか見えなかったが、この建物には一応水道も電気も通っているらしい。
 コンクリートでできているから雨漏りの心配がない。雨風を凌ぐ分には、それなりにいい場所と言えた。

「適当に座ってろ」

 男が着ていた厚手のコートを脱ぎ、壁から突き出たボルトにそれを引っ掛ける。相当着ぶくれしていたのだろう、コートの下の身体は想像以上に細く簡単に折れてしまいそうだった。
 一連の流れを眺め、男に習って上着を脱ぐとコートの上に緋色のパーカーを重ねた。