「はあ、お腹いっぱい」
旅館で新汰の手料理を食べてから現に十六時間以上経過していた。自身の小さな胃袋はタクシーに乗っていた頃から空腹を訴え続け、ようやく満たされたことにより幸福感に満ちている。
コップに入っていた残りの水を飲み干した志筑は、財布の中から札を取り出し、机の上に置いて立ち上がる。
「ありがとうございましたー! またご贔屓に」
“また”なんてない。もう二度としてこの店に来ることはないのに、やけに女性店員のその言葉が心の奥につかえた。
モヤモヤとした不安が蘭の心を支配していく。ぼんやりと意識が混濁する中再び街の外に出ると、数歩先に立ち止まってこちらを見ている志筑がいた。
早足で駆け寄ると、志筑は満足気に微笑む。その一瞬の表情の変化が何だか妙にむず痒く、俯いたまま長い袖から覗く骨ばった手に触れた。
「……何処に行きたい?」
「あそこの大きなショピングモールに行きたいなあ。ゲームセンターでクレーンゲームしたい」
「あんな金だけを巻き上げるもんがしてぇのか」
「いいじゃん、最初で最後なんだし。お金なんて死んじゃったら持っていけないから無駄になっちゃうんだよ」
「それもそうだ」
定食屋があった小道から大通りに出て、横断歩道を渡るとすぐ目の前に街でも有数のショッピングモールが現れた。
人の流れに沿ってショッピングモールの中に入ると、陽気な音楽と共に賑やかな声に出迎えられる。
入口近くにあった施設の案内図を二人で見つめ、お目当てのゲームセンターがある三階に向かうためにエスカレーターに乗る。
エスカレーターを登りきると、フロア全てが大きなゲームセンターに囲まれていた。
「あっはは! すごい、全部ゲームセンターだ!」
「あんまりはしゃぐなよ。ここは人が多いんだからな」
「いいじゃん最後くらい! 楽しまなきゃ損だってもんだよ!」
迷いなくゲームセンターの中に飛び込んでいく蘭の後ろ姿を見失わないように付いて歩き、蘭が立ち止まるたびに志筑は自身の財布を取り出した。
彼女が興味を示すものはどれもクレーンゲームであり、その殆どが小さなマスコットばかりである。
「やらねぇのか?」
しゃがんでクレーンゲームの中を眺めるばかりの蘭が志筑には不思議に思え、思わずそう問うていた。
問われた蘭は驚いた様子で傍に立っている志筑を見上げる。何とも呆けた、意味を理解していない様子の表情である。
「んー、なんか見ているだけで満足しちゃった」
「お前がゲーセンに行きたいって言い出したんだろ。別に気にせず、遊べばいいじゃねぇか」
「だって、ここで何かを取っても死ぬんだから無くても同じになっちゃう」
悲しげな横顔は俯いたことにより流れ落ちた横髪に隠される。志筑には、自虐的に笑う蘭に掛けてやる言葉の一つも思いつかなかった。
顔を上げた蘭は立ち上がり、志筑に向き直る。
「でもやっぱり、私達が生きて一緒にいた証拠は欲しいな」
「おそろいってやつか」
「おそろいって言ったら、なんだか恋人同士みたいに聞こえるけど……。まあ、そういうこと」
小っ恥ずかしく感じたのか、微かに頬を赤らめた蘭は志筑から目を逸らす。
言われた志筑は周囲を囲むクレーンゲームに目を配った。アニメキャラクターのフィギュア、大きなぬいぐるみ、お菓子にゲーム機。ここには様々な景品がある。せめて蘭がほしいと思えるようなものの一つや二つはあるだろう。
「じゃあ、こうしよう。俺が取った景品はお前に、お前が取った景品は俺に渡す。そうすりゃあ少しは贈り物っぽくなんじゃね」
「……それいい。もしかして志筑って天才!?」
すっかり機嫌を取り戻した蘭は勢いよく志筑の腕に抱き付いた。もはや驚きも動揺もなく、志筑には慣れたことであった。



