荒廃した世界で、君と非道を歩む

 振り返って欄を見る志筑は、今までにないくらいに優しい笑顔を浮かべていた。やっぱり志筑が何人もの命を奪い、世間から恨まれる殺人鬼であるとは思えない。
 殺人鬼であれば、こんなにも優しい笑顔を自分にだけ向けられるはずなどないからだ。

「腹減ったんだよな、どっかで飯食おうぜ。んで、早く泣きやめよ」
「うんっ!」

 つられて蘭も笑顔を向ける。満足げに笑った志筑は前を見据え、握っていたてから少し力を抜いた。
 その一瞬で志筑が何処か遠くへ行ってしまうのではないかと不安になり、蘭は強く志筑の手を握る。一度は力を緩めた志筑だったが、もう一度蘭が痛みを感じない程度に握った。
 こんなにも近くにいるのにもどかしさをかんじるのは、二人の間にあるぎこちなさが原因なのだろうか。

「あっ、あそこのお店に行きたい」

 震える声を絞り出し、無理矢理明るく取り繕って蘭は声を上げる。立ち止まった志筑は蘭が指差す先に視線を向けた。
 蘭が指差す先にあるのは、大通りから外れた小道にある小さな定食屋だった。
 二人はその定食屋の前に行き、外に置かれているメニュー表を覗き込む。老舗の定食屋なのかメニュー表は日に焼けて色褪せている。
 値段は何とも良心的で、量も写真を見る限り申し分なさそうである。視線を志筑に向けてみると、蘭の意図を汲んだ志筑は店の中へと入っていく。

「いらっしゃいませー。お好きなお席へどうぞー!」

 中年の女性店員が満面の笑みで二人のことを出迎える。店内には二組のサラリーマンと家族連れがいた。
 蘭と志筑は出入り口に一番近い席に向かい合って座り、メニュー表を同時に覗き込んだ。

「私、このとんかつ定食がいい」
「俺はサバの煮込み定食にすっかなぁ。すんません」

 客が少ないからか、女性店員は旦那らしき店主と和気藹々と話し込んでいた。そんな女性店員に向かって志筑は声を掛ける。
 女性店員は志筑の声を聞きつけ、慌てた様子で店主がいる厨房から出てきた。
 手際よく注文を終わらせると、再び仲睦まじい女性店員と店主の話し声が聞こえてくる。
 世の中の夫婦というのはこんなにも仲が良いものなのだろうか。自身の両親が話しているところなど幼い頃しか見たことがなく、ほとんど他人同士のようであったからあの二人は何とも異様に見えた。
 しばらく待つと、店主が作った定食を女性店員が蘭達の下へと運んで来る。目の前に置かれたとんかつ定食は、丁寧な盛りつけと出来栄えで見ているだけで食欲を唆られる。
 志筑に差し出された箸を一膳受取り、声を揃えて「いただきます」と言うと、とんかつを一切れ箸で摘んだ。