街の中を歩いていると、大きなガラスケースの中に展示される洋服が目を引いた。到底子供の蘭が変えるような金額ではないし、デザインも見窄らしい見た目の蘭では洋服に着られてしまうだろう。
それでも、目の前に飾られているマネキンが着ているワンピースは美しい。もし、もっと裕福な家の子供として生まれていて、もっと母親と仲睦まじく街中を歩くことがあれば、こうした服を着る機会などあったのだろうか。
「なんだ、気になるのか?」
「うん。綺麗だなって……」
「……入らなくていいのかよ」
「いいよ。私じゃ到底手を出せるようなものじゃないし、志筑だって同じでしょ。ないものねだりだよ」
ガラスケースの中のマネキンから目を逸らし、立ち止まっていた蘭は歩き出す。
小さな緋色の背中は一層小さく縮められ、哀愁を帯びて言葉にせずとも悲しみを表していた。
「別にいいんじゃねぇか」
「……何、いきなり。どうしたの?」
「別にねいものねだりだっていいじゃねぇか。ほしいって、着てみたいって言えばいいじゃねぇか。口にするくらいならタダだろ?」
何でも思ったことを言葉にするものではない。そう分かっていても、時に言葉にしないと自分自身の思いに押し潰される時がある。
そんな時、自分の隣には全ての言葉を真っ直ぐに聞き入れてくれる人がいる。
それが、後にも先にも志筑唯一人であった。
「……もっと、可愛い服を着てみたかったな。ひらひらのワンピースを着て、好きな人とショッピングをするの。それで、休憩がてら入ったカフェで甘いパフェを食べて、二人でゲームセンターに行く。そこでお気に入りのキーホルダーをクレーンゲームで取ったりして」
何故だろうか。ただ自分のしたいことを口にしているだけなのに、声が震えるのは。
志筑はしばらく黙って蘭の後ろを付いて歩いていた。投げやりに語る蘭の言葉を全て受け止め、そして静かに聞き入った。
しかし、蘭の願いは途中で途切れる。道の途中で立ち止まった蘭は俯き、微かに肩を震わせ始めた。
「もっと、普通の女の子になりたかった。……可愛いものに囲まれて、普通に愛されて生きてみたかったよ……」
手を伸ばせば届く距離に彼女はいる。手を伸ばせば、流れる涙を拭ってやれば、少しは彼女の心の支えになったかもしれない。
そう何度も考えるが、何もできないのが常であることを志筑は痛いほど理解していた。
だからこそ、不器用なりに志筑は自分のできることを行動に移す。たとえ蘭に馬鹿にされても、見損なわれても、自分の行動に嘘は吐かない。
志筑は何よりも、自分自身が吐く嘘が嫌いなのだ。
「お前は、普通の女の子だよ。可愛いとか、ひらひらだとかはよく分かんねぇけど、これだけは嘘じゃねぇ」
一歩大きく踏み出した志筑は、必死に涙を拭う蘭の手を握った。今までで一番強く離れないように握り、志筑は歩き出す。
泣きじゃくる少女の手を引いて歩く男など他人から見れば不審者以外の何者でもなかっただろう。
しかし、そんな周囲からの視線など志筑は無視して歩き続ける。
蘭の流す涙が恐怖や悲しみによるものではなく、自身の願いを聞き入れてくれたことに対する嬉し泣きであると志筑は知っているから。
それでも、目の前に飾られているマネキンが着ているワンピースは美しい。もし、もっと裕福な家の子供として生まれていて、もっと母親と仲睦まじく街中を歩くことがあれば、こうした服を着る機会などあったのだろうか。
「なんだ、気になるのか?」
「うん。綺麗だなって……」
「……入らなくていいのかよ」
「いいよ。私じゃ到底手を出せるようなものじゃないし、志筑だって同じでしょ。ないものねだりだよ」
ガラスケースの中のマネキンから目を逸らし、立ち止まっていた蘭は歩き出す。
小さな緋色の背中は一層小さく縮められ、哀愁を帯びて言葉にせずとも悲しみを表していた。
「別にいいんじゃねぇか」
「……何、いきなり。どうしたの?」
「別にねいものねだりだっていいじゃねぇか。ほしいって、着てみたいって言えばいいじゃねぇか。口にするくらいならタダだろ?」
何でも思ったことを言葉にするものではない。そう分かっていても、時に言葉にしないと自分自身の思いに押し潰される時がある。
そんな時、自分の隣には全ての言葉を真っ直ぐに聞き入れてくれる人がいる。
それが、後にも先にも志筑唯一人であった。
「……もっと、可愛い服を着てみたかったな。ひらひらのワンピースを着て、好きな人とショッピングをするの。それで、休憩がてら入ったカフェで甘いパフェを食べて、二人でゲームセンターに行く。そこでお気に入りのキーホルダーをクレーンゲームで取ったりして」
何故だろうか。ただ自分のしたいことを口にしているだけなのに、声が震えるのは。
志筑はしばらく黙って蘭の後ろを付いて歩いていた。投げやりに語る蘭の言葉を全て受け止め、そして静かに聞き入った。
しかし、蘭の願いは途中で途切れる。道の途中で立ち止まった蘭は俯き、微かに肩を震わせ始めた。
「もっと、普通の女の子になりたかった。……可愛いものに囲まれて、普通に愛されて生きてみたかったよ……」
手を伸ばせば届く距離に彼女はいる。手を伸ばせば、流れる涙を拭ってやれば、少しは彼女の心の支えになったかもしれない。
そう何度も考えるが、何もできないのが常であることを志筑は痛いほど理解していた。
だからこそ、不器用なりに志筑は自分のできることを行動に移す。たとえ蘭に馬鹿にされても、見損なわれても、自分の行動に嘘は吐かない。
志筑は何よりも、自分自身が吐く嘘が嫌いなのだ。
「お前は、普通の女の子だよ。可愛いとか、ひらひらだとかはよく分かんねぇけど、これだけは嘘じゃねぇ」
一歩大きく踏み出した志筑は、必死に涙を拭う蘭の手を握った。今までで一番強く離れないように握り、志筑は歩き出す。
泣きじゃくる少女の手を引いて歩く男など他人から見れば不審者以外の何者でもなかっただろう。
しかし、そんな周囲からの視線など志筑は無視して歩き続ける。
蘭の流す涙が恐怖や悲しみによるものではなく、自身の願いを聞き入れてくれたことに対する嬉し泣きであると志筑は知っているから。



