荒廃した世界で、君と非道を歩む

 随分と長い間過ごしたかに思われたが、新汰と出会いこの旅館で過ごしたのはたった半日ほどであった。
 それでも新汰と女将によくされたことに変わりはない。二人は旅館を出る二人を見送るために玄関先にまで出てきた。

「はい、これ蘭ちゃんの分」
「あ、ありがとう」

 新汰は旅館に来る前からずっと着ていた緋色の上着を差し出した。蘭は上着を受け取り、顔元に近づける。
 女将が洗ってくれたおかげで、緋色の上着は本来の赤みを取り戻していた。微かに洗剤のいい香りがする。

「もう行くんか」
「世話んなったな」

 黒色のコートを羽織った志筑は振り返り、新汰の顔を見た。何処か寂しげで、けれどそんな寂しさを隠す笑顔は、新汰の心の内を表しているようである。
 志筑はそんな新汰の心の内を探ろうとはせず、玄関先に立つ二人から目を逸らした。

「ほら、行こう」
「…うん」

 志筑に背を押され、蘭は旅館を出た。振り返っても新汰はいない。見送るのは玄関先までだったようだ。
 昨晩、強く言ってしまったことを謝りたかった。最後に話してみたかった。そんなことを言ったとて、後戻りできないのが現実である。
 何ともあっさりとした別れであるが、無駄に未練がましく別れても後味が悪いだけである。

「次は何処に行くの?」

 いっそのこと新汰達のことは忘れてしまうくらい遠くに行けば、後味の悪さなど気にせず逃避行を続けられたりもするのだろうか。
 新汰には何もかもを知られてしまっている気がする。志筑がそうであることも、蘭が志筑の行動に加担していることも何もかも。

「もっと遠い所に行きてぇな。お前ってさ、海と山だったらどっちが好き?」
「え? そうだなぁ……。海、かも。虫嫌いだし、体力ないし」
「なら、次の行き先は決まりだな」
「もう終わっちゃう?」
「何かな、気づかれてる気がすんだよ。誰かが、俺等を追っている」

 人が疎らに行き交う田舎町を並んで歩く。来た方向とは反対に進んでいくと、少しづつ車通りも増えてきた。
 隣を歩く志筑の顔を見上げると、何とも言えない不安げな表情を浮かべていた。これほどまでに不安げな志筑は見たことがない。
 放り出された志筑の傷だらけの手が見えて、反射的に握っていた。強く握りしめると、志筑も握り返す。

「大丈夫だよ。私達は誰にも捕まらない。だって、捕まる前に死ぬんだからね」
「何があっても、俺が殺すのはお前で最後だ。だから、絶対に死ぬんじゃねぇぞ」
「志筑もね」

 そろそろ終わりへと向かわなければならない。当初の目的を忘れてはいけないのだ。