荒廃した世界で、君と非道を歩む

 私は一人っ子だった。家族に向かられる愛を知らず、そして家族に向けるべき愛を知らない愚かな子供だった。
 テレビを見る時、絵本を読む時、外に出た時、私とは違って兄と楽しげに笑う妹がこの世界にはたくさん存在していた。
 だからだろう、憧れてしまったんだ。兄という存在に。
 私の育児を放棄し、虐待をしてきた親は滅多に家に帰ってくることはなく、常に家には私一人だった。
 家にいても外に出ても私は一人。何処まで行っても私の傍に居続けてくれる人はいないのだ。

 でも、私は出会ってしまった。

 その人は廃墟ビルに住み着く幽霊のようだった。出会ったのは単なる偶然で、あの時雨が降らなければ、あの時私が雨宿りをするために廃墟ビルに入らなければ。その人に出会うことはなかっただろう。
 雨に濡れた身体は徐々に体温を失い、真夏であるというのに私の身体と心は冷え切っていた。
 廃墟ビルに入ると雨に濡れないが室温は異常なほどに低い。結局、何処へ行っても自分を歓迎してくれる場所はないのだと暗示されているようだ。
 それでも私は屋根がある場所を求め、朽ちたコンクリート造りの階段に足を掛けた。カツーンと階段を蹴る音が辺りに響く。
 反響した音が耳に届くたびに、胸の奥には何が得体のしれないものが出てくるのではないかという恐怖が生まれる。
 意を決して階段を登りきり、目の前に現れた扉に手を掛ける。すると微かに部屋の中から物音が聞こえた。
 誰かいる。そう気づけ無いほど蘭は馬鹿ではない。
 途端に恐怖で扉に掛けた手が震え出す。怖い、何がいるのか分からない、もしかしたら襲われてしまうかもしれない。
 
 別にいいじゃん。死ぬなら死ぬで、自分の勝手で選んだんだから。

 そう考えると、全てに諦めが付いて恐怖心など何処かへ消える。手の震えもいつの間にか止まっていた。
 扉を開けて中に入る。何がいても、廃墟であれば野良猫等だろう。そう自分に言い聞かし扉を閉めた。

「誰」

 どうせいるのは野良猫だと思っていたから、あまりの驚きに声すら出せない。
 声の主は、部屋の中心に置かれているソファの向こう側から顔を覗かせた。扉の前で驚きに身体を硬直させている蘭を見るなり、その人物はソファを飛び越えて駆け寄ってくる。

「なんでここが分かった! というか、なんで入ってきた!」
「え、あ、えっと。雨が降っていたから、雨宿りをしようと思って……」

 廃墟ビルの一室にいたのは、小学校高学年ほどの痩せ細った男の子であった。顔に刻まれた痛々しい傷が印象的である。
 蘭がそう言わなければ、その人物は今すぐにこの場から蘭を追い出したことだろう。
 しかし追い出さなかったのは、蘭の小さな身体が酷く雨に濡れていたからである。
 しばらく考えを巡らせた男の子は、何度か蘭を見た後背を向けて部屋の奥へと入っていった。