荒廃した世界で、君と非道を歩む

『誰だお前は! それを下ろせ、下ろせえええ!』

 曲がり角を曲がるとそこには信じられない光景が広がっていた。

『え……?』

 闇を轟かせるほどの叫び声を上げていた父親は、壁に背を付けてぐったりと項垂れていた。
 それまでの勢いなど虚しく、父親はもう二度と声を上げることはない。蘭は目の前で死んでいる父親を見て何も言うことができなかった。

『誰だ』

 父親のものではない男の声が聞こえた。その声は随分と若く、そしてすぐ近くで聞こえた。
 死んだ父親に向けていた視線を上げる。闇に慣れきった目は、父親の前に立ち蘭の方を見ている人物をすぐに認識した。

『見たのか』
『み、見てな……』

 闇に慣れた目で見てもなお、その男の姿は闇に包まれている。黒尽くめの格好をしていて、辛うじて覗いている肌は首と顔くらいである。
 けれど父親と同じように、その男の顔にもまたモヤが掛かって表情が伺えない。
 男は手に持っているものを蘭の方へと向けると、随分と楽しげに言ってみせた。

『殺してやったぜ』

 あ。

『悪者には罰を与えないと、だよな』

 ああ。

『これで、お前にはもう何も怖いものはない』

 ああ、ああ。

 全て、思い出した。ほんの数日前に出会った殺人鬼は、運命の人だった。
 色恋沙汰なんてなくて、ただ一目見た瞬間、この人ならば自分を殺してくれると確信した。
 全ては偶然だと思っていたのだ。けれど、それは違った。
 志筑を見て運命の人だと思ったのは、過去に一度出会い、そして再び出会うことが運命められていたからだ。
 
 志筑は、自分の父親を殺してくれた。汚れた自分をこれ以上汚れないように、腐りきった世界から救い出してくれたのだ。

 どうして今まで忘れていたんだろう。ずっと昔から知っていたのに、ずっと昔から傍にいてくれたのに、どうして忘れてしまったのだろう。

『お兄、ちゃん……』

 そこで意識は途切れる。元の記憶がここで途切れてしまったのだ。
 けれど、何故だか気分がすっきりと晴れたようだ。それまで感じていた恐怖など始めから無かったようで、あるのは優しい安心感。
 目を開けると、目の前に志筑の寝顔があった。
本当に傍にいてくれたのか。朝になるまでずっと同じ布団で抱き締めて離れずにいてくれたのか。
こうして至近距離で見てみると、志筑は思っていたよりも幼い顔つきをしている。成人しているとはいえ、まだ酒は飲めない年齢だ。
年相応の顔つきと言えば、そうなのだろうか。