荒廃した世界で、君と非道を歩む

 
 助けて、誰でもいいから助けてよ。こんな現実から逃げてもいいと、言ってよ。

 覚束ない足取りでホテルを出ると、空は少しばかり藍色に染まっていた。父親とこの場所へ来た時はもっと闇に包まれた空をしていたが、随分と時間が経っていたようだ。
 視線を空から足元に向ける。変わらず自分の足は無い。

『助けて……』

 小さく呟いてみるが、誰もその声に答えることはない。道行く人々に視線を向けるが、誰もこちらを見ることはなかった。
 行く宛も変える場所もない。汚れてしまった自分を助けてくれる人などこの世には誰もいないのだ。
 辱めを受けて、怪我された自分はこの世にいてはいけない。生きていてはいけない。
 ならばどうすればこの現実から逃れることができるのか。

『死んじゃいたい』

 死んでこの世界から消えれば、恐ろしい現実から逃げることができる。父親に酷いことをされることも、母親に痛めつけられることもない。
 何処へ行けば死ねるだろう。どうすれば誰にも知られずに独りで死ねるだろう。

『……めろ』

 ネオン街を独りあてもなく彷徨っていると、不意に誰かの叫び声が聞こえた気がした。
 声が聞こえた方に視線を向けると、そこは人気のない暗闇に包まれた路地裏である。如何にも何かが出そうな、何が良からぬことを企んでいる輩が集まっていそうな場所だ。
 正常な思考回路を持っている人であれば、すぐさま危険を察知してその場から逃げ出したことだろう。
 けれどこの時の蘭は、何を思ったのかその路地裏へと歩みを進めた。
 暗く明かりのない路地裏は何も見えない。徐々に闇に目が慣れていき周囲に何があるのか確認できるようになるが、それでも時折足元の何かに躓いてしまう。
 極力音を立てないように、存在を知られないように静かに声が聞こえる所へ歩みを進める。

『やめろ! やめてくれ!』

 壁に手を伝いながら進み、曲がり角へ差し掛かるかと思われたその時、一際大きな男の叫び声が聞こえた。
 ただ事ではない。何者かが襲われている。そう瞬時に理解し、危険など顧みずに蘭は飛び出した。
 その声は父親の声とよく似ていたから。