荒廃した世界で、君と非道を歩む

 何処を見ても、人、人、人の群れ。父親に腕を引かれながら足早にその中を進んでいくが、前からの後ろからも人が向かってきて足が覚束ない。
 それなのに大柄な父親は人とぶつかる心配がないからか、蘭が必死に駆けているのに気にする素振りも見せない。
 父親の後ろ姿を見上げながら、ひたすらに蘭は人でごった返すネオン街を進んだ。
 何処に連れて行かれるのかも分からない。これから何をされるのかも分からない。ただ、父親に腕を引かれ、父親の行く先に付いて行くだけである。

『失礼な態度を取るなよ。お前は言われるがままにしていればいいんだからな』

 そう言って父親は一度だけ蘭の顔を見た。その表情はモヤが掛かったようでよく見えない。
 何だか嫌な予感がして視線を足元に向けると、そこには自分の足があるはずなのに闇に包まれていて無くなっている。
 
 嗚呼、そうだった。これは夢なんだ。一度蓋をして思い出さないようにするために必死になって忘れようとした過去。

『最近締まりが悪くなってきましたが、まだ使えるでしょう。好きに使ってもらって構いませんので、どうかもう少しだけ待っていただけないですかね』

 誰かと話す父親の声が聞こえてはっと顔を上げる。見れば、何処から現れたのか分からない男が蘭の目の前に立っていた。
 父親の表情はモヤが掛かって見えなかったのに、何故だかこの男の表情ははっきりと見える。
 不敵に釣り上がった口角、荒い鼻息、高価そうな金色のネックレス。

『んだよ、期待外れじゃねぇか。まあ、面は悪くねぇ。今回は許してやるよ』

 左手首を掴んでいた父親の手が離れていく。この時初めて行かないでと強く思った。
 それでも言葉にはできず、代わりに何処の馬の骨とも分からない男が右肩を抱いてくる。

 嫌だ、嫌だ。行きたくない。来ないで。触らないで!

 そこで一度意識が途切れる。夢の中だと言うのに場面が切り替わるように暗転するのだ。
 そうか。この夢の元となる記憶でも一度ここで意識が途絶えたのだった。そうして次に目覚めるのは。

 誰もいない部屋の中で一人、広いベッドの上で目覚める。

 何故か服を全て脱がされていて、身体には至る所に半透明の液体が付着している。

『おえっ……』

 ベッドの上から転げるように飛び出し、バスタブと併設しているトイレに真っ直ぐ向かう。
 便器の目の前で膝を折ると、顔を中に突っ込んで胃に入っている全ての物を吐き出した。
 何も食べていないというのに胃からは得体の知れないものが次から次へと溢れてくる。
 気持ち悪くて、不快で、絶望的で。
 “また”されてしまった。