荒廃した世界で、君と非道を歩む

 嗚呼、生きている。自分も志筑も生きている。
 死んだ魚のような目をしていようと、人間として当たり前に持っている常識が死んでいるとしても、社会不適合者だとしても、懸命に生きている。
 人間という生き物として生命を紡いでいるんだ。

「もう一回聞くぞ。お前は何があっても逃げないって約束を破るのか?」
「……ううん。私は逃げない。絶対に逃げない。いつまでも、何処までも志筑に付いて行く」
「ならもう変なこと言うなよ。……ふあ、流石に眠いな。布団敷くから手伝え」

 欠伸をしながら背を向けた志筑の後ろ姿をしばらく見つめ、蘭も椅子から立ち上がる。
 咥えていた棒を取り出すと、「あたり」と書かれていた。けれど、もうこのアイスキャンディーを食べることはない。部屋の端に置かれているゴミ箱の中に投げ捨て、襖から取り出した布団を志筑から受け取る。
 畳の上に布団を並べ、ようやく就寝の時間が訪れた。

「電気消すぞ」

 一足先に布団の中に潜り込んだ蘭は、うつ伏せで顔だけを隣に向けた。
 窶れた表情の志筑は蘭が寝る布団の隣の布団に寝転がる。初めは蘭に背を向けて寝ていたが、背後から向けられる蘭の視線に耐えかねて寝返りを打った。
 もう何度目か分からないが、再び二人の視線が交わる。

「何笑ってんだよ」
「んー? なんだかんだ、志筑と並んで寝るの初めてだなと思って」
「何がいいんだか」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる蘭の考えが理解できない志筑は、ごろんと布団の上で仰向けになった。古い木目の天井を真っ直ぐと見つめていると、隣で物音が聞こえる。

「ねえ、もっと近づいていい?」

 志筑の返事を待つことなく、蘭は自分の布団から抜け出すと志筑の布団の中に無理矢理入り込んだ。
 成人男性とは言え不健康な細身である志筑と華奢な蘭であれば、一枚の布団に余裕を持って共に入ることができた。

「狭い」
「狭くないですー。文句ばっかり言ってないで少しは大人の余裕とやらを持ったらどうですかー?」

 蘭の煽り文句に志筑は苛立ちを覚えるが、身体は疲弊していて怒りを露わにする気力すら生まれなかった。
 だからこれは何も意味のない行動である。もう一度蘭の方へ身体を向けたのも何も意味はない。

「うえ!?」

 突然、布団の中で蘭が声を上げた。驚きに思わず上げてしまったその声は、何故か籠もっていて響かない。
 それもそのはず、蘭が驚いた原因は志筑にあるからだ。
 

「子供体温だな」

 自身の顔よりも少し下にある小さな頭は、抱き寄せるとちょうど胸元の辺りに位置付く。
 左腕全体で目の前の少女を抱き締めれば、簡単に動きを封じることができた。
 抵抗の一つされると思っていたが、案外にも蘭は身動きすら取らない。少々不審に思い視線を下に向けると、蘭は志筑の胸元で丸くなり微かに震えていた。