荒廃した世界で、君と非道を歩む

 もうおしまいだ。もうこれ以上は逃げられない。こんな逃避行、長くは続かないのだ。
 もっと早くに諦めていれば、新汰に出会うこと無く誰も巻き込まずに済んだのに。どうして自分はこんな愚かな行動に出てしまったのだろう。
 問うても問うても答えは浮かばない。新汰が向ける鋭い視線に貫かれて、もはや目を逸らすことすら憚られた。

「志筑、お前はいつまで続けるつもりや。お前は何処まで行けば、この世から逃げ切ったと言い切れる?」
「……終わりなんてねぇ。逃げ切ることなんか、できない」
「そんなこと無い! 私達は逃げるために、何処か遠くに逃げるためにここまで来たんだよ! それなのに逃げ切れないなんて……。そんなのおかしいよ!」
「やめ、蘭ちゃん。志筑が言っとることはもっともや。仮に志筑が一般人やったとして、血が繋がっていない未成年を成人男性が連れ回しとったらそれだけで犯罪になる」
「なにそれ、志筑が一般人じゃないって言いたいの? 志筑だって私だって普通の人間だよ! 連れ回してるのは私の方だし、年が離れているからって志筑が罪に問われるなんてこと」
「ほんまにそうか?」

 興奮状態の蘭を沈めるのにさほど労力は必要なかった。
 新汰の一言で怒りを爆発させていた蘭は押し黙る。目を見開き、冷や汗をかきながら、蘭は睨みつける新汰の目を見た。
 再び新汰の瞳に光が宿ることはない。出会った頃のような優しい笑みを向けてくることもなかった。

「あんたらは何処にでもいる、普通の、健全で、潔白で、罪なんて何も犯していない純情な人間だと」

 壁に深く寄り掛かった新汰はズボンのポケットからスマホを取り出す。数秒指先で画面を撫で回し、数歩ほど蘭に近寄るとスマホの画面を向けた。
 長方形の小さな画面に何かの記事が載っている。『十七才少女行方不明。誘拐か』という見出しと共に、両親のものと思われるメッセージが長々と羅列していた。

『たった一人の娘です。どうか娘を返してください。お願いします、返して下さい』
『我々の娘を奪った犯人を絶対に許しません。刑務所に入って、最後まで罪を償っていただかないと我々が感じたこの悲しみが消えることはないままです』

 それは、娘を奪われた両親の悲痛な叫びだった。ただ娘を返してほしいという、親として抱くべき愛情であった。

「嘘だ……」

 こんなのヤラセだ。記者が娘を失った哀れな両親を偽り、世間からの道場を得ようとしているだけだ。
 そうでないと、そうであってくれないと、今まで感じた苦しみが全て嘘になってしまう。

「父さんと母さんが、私を探してるなんて……。嘘だ、嘘だ嘘だ! 今まで一度も私の名前を呼んだことなんてなかったのに! なんで今になって……」
「蘭ちゃんにはこうして必死に探してくれる人がいる。君にはまだやり直す時間があるんや。まだ、間に合うで」
「間に、合う? 新汰は何を知っているの? 私がこれまであの二人に何をされて、どれだけ痛い思いをして、どれだけ泣いてきたと思ってんの!? こんな都合よく今になって探してるとか、私からしたら気持ち悪いだけ。あの二人から逃げるために私はここまで逃げてきたんだよ!」

 薄暗い廊下に蘭の叫び声が反響する。夜も深まった旅館内には彼らしかいない。もし他に客がいれば、すぐにクレームが入ったことだろう。