荒廃した世界で、君と非道を歩む

 二人の間に沈黙が流れ、居た堪れなさを感じた新汰は志筑から目を逸らした。
 先程までは志筑の考えていることが手に取るように分かったのに、今は何一つとして理解できないのだ。
 物音一つない静寂の中、二人の瞳が再び合うことはなかった。

「ごめん、長くなっちゃった……って、二人ともどうしたの?」
「んあ。あ、ああ。上がったんやね。ゆっくりできた?」
「うん。あったかくて気持ちよかったよ。それより、二人で何してたの? もしかしてずっと待ってた?」

 女湯の暖簾の向こうから、頬を紅潮させた蘭が顔を出す。清潔感を取り戻した蘭は、何処か晴れ晴れとした表情をしている。
 始めこそほのかに表情を緩めていた蘭だが、廊下で得も言われぬ雰囲気を漂わせる二人を見て表情を引き締めた。
 同じ長椅子に隣り合って座っているのに微妙に距離が空いているのだ。ぎこちない雰囲気と言うべきか、険悪な空気が二人の間に漂っている。

「大した事ないから気にせんでええよ。ほら、こっち座りぃ」
「え、う、うん……。ありがとう……」

 笑顔を浮かべた新汰が立ち上がり、蘭を半ば強引に座らせる。困惑した様子の蘭は、新汰の勢いに押されるままに志筑の隣りに座った。
 先程の新汰と志筑の微妙な距離感とは違い、蘭は志筑の肩にピッタリとくっついている。
 二人の向かいに立った新汰は、壁に背を付けて腕を組む。俯いた彼は目を閉じて何かを考え始めた。
 蘭の視線は真っ直ぐと新汰に向けられている。横目でその様子を見ていた志筑は、形容し難い嫉妬のような違和感を感じた。

「ほんまは、蘭ちゃんがおるところで話したないんやけどなあ。あんまり先延ばしにするのもあかんか」
「ねえ、二人で何話してたの? そんなに深刻なこと?」
「そうやね。俺にとっても二人にとっても、これは深刻で話すべきじゃないことや」
「なら、なんで話そうとするの……。志筑も何か言って。黙っていないで、少しは私にも話してよ」

 蘭の不安の矛先は新汰から志筑へと移される。視線を足元に落として黙り込んでいた志筑は、蘭の鋭い視線を受けてゆっくりと顔を上げた。
 そこにいたのは、いつもの高圧的でありつつ優しさを持つ志筑ではなく、子供みたく何かに怯えて目の奥を震わせる志筑だった。

「蘭ちゃん、君やって分かってるんやろう。こんなこと長くは続かないって」
「……何話してるのかと思ったら………。私は、その事を分かった上でここにいる。 やめてよ、現実を突きつけるようなこと」
「現実? 分かってるんやんか。蘭ちゃんはよう理解しとる。そこにおるのが何なのかも、自分が何をしでかしているのかも、全部分かってる」

 降ろした前髪が目に掛かり、新汰の表情を半分ほどが隠れている。けれどそれでも感じるほどに新汰は怒りに打ち震えていた。
 新汰が何に対して怒りを感じているのか、彼の個性である陽気な性格を偽ってまで話す理由が蘭は手に取るように分かってしまった。