荒廃した世界で、君と非道を歩む

 最寄り駅から数駅進んだところで二人は電車を降りた。改札口を出て地上を出ると、そこはギラギラと眩しい光を放つ繁華街が広がっている。
 階段を駆け上がった蘭は、地上に足を踏み入れると同時に明るい晴れ晴れとした声を上げた。

「うわあ、すっごい!」

 何処を見渡しても辺りは人、人、人の群れ。気だるげに階段を登る志筑の前で蘭は目を輝かせて辺りを見渡していた。

(最悪だ)

 楽しげにする蘭の反面、地上に出た志筑はもう何度目かになる溜息を吐く。よりにもよってこんな人混みの場所に降り立つなんて。
 今すぐにでも帰りたいが、隣で辺りを見渡しながら目を輝かせる蘭を見るとその気もさらさら失せていく。

「ほら志筑、早く行こーよ!」

 繁華街の中へ走り出す蘭の後を志筑はゆったりと歩きながら追いかける。冬の夜は随分と冷える。コートのポケットに手を突っ込まないと寒さに耐えられないというのに、先を走る蘭は半ズボンに生足を出していた。見ているだけでこちらが冷える。
 今にも転んでしまうのではないかという危なっかしさを感じながら、宛もなく繁華街の中を歩く。繁華街の中はカップルやら家族連れやらが多く、所々蘭と同じ年頃の学生達が楽しげにスマホを掲げて写真を撮っていた。

「志筑見て! 私これ食べたい!」
 
 蘭は先が見えないほど立ち並ぶ屋台の一つの前で突然立ち止まった。この繁華街では祭りが開かれているらしい。こんな時期に祭りなど珍しいなと呑気に考えながら蘭の隣に立つと、彼女は何やらツヤツヤとした果物を指して物欲しげに見上げてくる。
 よく見れば、それはいちごやりんご、ぶどうにマスカットと種類豊富なフルーツ飴と呼ばれる若者に人気のスイーツだった。

(こんなの食べたがんだな)

 ただ果物に溶かした天を駆けて冷やしただけではないかと言いそうになったが、目移りしながらどれにするか考えている蘭を見ると心でもそんなこと言えない。
 買うしか無いか。

「どれがいい」
「えっ! いいの!? えーっと、じゃあ……いちごで!」
「まいど!」

 かねと引き換えに売り子からいちご飴を受け取った蘭は、満面の笑みでそれを眺めた。志筑は飴に負けないほど目を輝かせる蘭の腕を引きながら、人の流れに沿って繁華街を進んでいく。

「ありがと、志筑」
「ん」

 一体この街が、どこの何という街なのかは知らない。たった数駅離れるだけで、こんなにも街の雰囲気は変わるものなのかとぼんやりと考える。
 無知なのは志筑も同じだった。
 美味しそうに飴を頬張る蘭は、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。そんな彼女が死に場所を探して殺人鬼と共にいるなど、今ここにいる人々は思わないことだろう。
 そんな事を考えながら蘭を見ていると意図せず目が合う。何か勘違いした彼女は、首を傾げながら飴を差し出した。

「いる?」

 つぶらな瞳で見つめられるが首を振って断る。気恥ずかしく、むず痒いから誤魔化そうとしてしまって返って返事がそっけなくなる。

「いらねぇ。お前が食え」
「そう」
 
 甘いものは嫌いだ。だから飴も果物すら食べたいと思わない。だが、志筑にはそれよりも気にしないといけないことがある。
 さすがに年頃の女の子の食いかけを他人の成人男性が貰う訳にはいかないだろう。随分と蘭には懐かれてしまったが、それでもそんな事をすれば不届き者と言われてしまうかもしれない。
 蘭は近くで楽しげに写真を撮っている女子高生よりも小柄。まともに食事をしていないと分かる弱々しい体つきをしている。飴を買ってやったのも、そんな簡単に折れてしまいそうな彼女を見ていられなかったからだ。
 それを言い訳に飴を買ってやったのが正直なところだった。

「腹減ってないか」
「んー?」

 蘭は最後の一粒を飲み込み、志筑の顔を見上げた。無表情で見下ろす志筑の顔を見た蘭の表情は花の如く明るくなる。

「もしかして外食!?」
「なんか食いたいのあれば言え」
「わーい! 志筑太っ腹ぁ!」

 ばしばしと志筑の腕を叩く蘭は、年相応の無邪気な笑顔を向けた。