荒廃した世界で、君と非道を歩む

 しばらく蘭の横顔を見つめていた新汰は、少し距離を開けてベンチに座った。
 膝の上で手を組み、視線を足元に落とす。蘭の憎しみを込めた言葉が何度も頭の中で浮かび上がった。

「人殺し……」
「分かってる、あの人達は何も間違ったことを言っていない。志筑は人殺し、社会不適合者の世間の敵だ。でも、でもさ、私はそんな志筑に救われてたんだよ。依存してたんだよ。志筑がいたから、短い間だったけど楽しいって思えたんだ」

 隣りに座っている新汰にぎこちない微笑みを浮かべながら蘭は言う。
 その言葉はどれも蘭の本心であった。志筑が人殺しであると理解しているし、彼と共に過ごした時間がかけがえのないものであることも分かっている。
 だからこそ、あの看護師達が言った言葉が許せなかった。許したくなかった。
 自分が大好きで今も会いたくてたまらない人を侮辱されたのだから。

「傍にいるって言ったんならさ、迎えに来てくれたっていいのにね」
「何だよ、ご不満があんのか?」

 ざあっと強い風が吹き荒れる。風に靡いた髪が顔を覆って視界を塞ぐ。
 けれど、風に襲われたとて蘭も新汰もその声を聞き逃さなかった。何回、何十、何百回と聞いた声。何度も聞きたいと、もう一度聞きたいと願っていた声。

「志筑……?」
「おう」

 見上げれば、二つの三日月が優しく見下ろしていた。傷だらけの顔は優しい微笑みに包まれている。

 嗚呼、やっとだ。ずっと願っていた、また会える日を。

 ずっと、ずっと探していたんだよ。何処かできっと生きている、きっと迎えに来てくれるって信じていたんだよ。

「遅いよ、馬鹿」

 立ち上がってその薄い胸の中に飛び込めば、骨が浮き出た細い腕が包み込んでくれる。
 離れ離れになってから今までずっと、こうしてもらえることを願っていた。そして今、叶った。

「なん、で。お前がここにおるんや……。有罪判決、受けたやろ」
「傷が治るまでは病院で療養。回復してから刑務所にぶち込まれる予定だったんだ。だから、病院を抜け出してきた」
「……あー、もうっ! なんでお前はそうやって罪に罪を重ねんだよ」
「今更どんな罪を重ねようと罪人には変わりない。お前も同じだろ」

 志筑のわざと挑発するような物言いに、図星を指された新汰は何も言えなくなる。
 目の前に殺人を犯した罪人がいるのだ、今すぐ警察に連絡するべきだろう。けれど幸せそうに笑う十七歳の少女を見ていると、到底そんな二人を引き剥がすようなことができなかった。
 この場で一番極悪なのは人殺しである志筑でもルールを破って外に出ている蘭でもなく、自分の我が儘で彼らの幸せを優先する新汰なのかもしれない。

「ああ、そうやな。そうやわ。俺はお前と同じ罪人や。せやから、はようこっから出ていきぃ」

 今更罪を重ねたところで何も変わらない。ならば最後まで、非道を歩むだけだ。

「俺は最後までこの荒廃した世界で、君等と非道を歩んだるよ」

 だから、君らは君らの幸せを。もう一度死に場所を探す旅に出たらいい。
 そしていつか理想の死に場所で死んだら、俺がそこへ行って花を手向けたろう。
 それが俺にできる最初で最後の、最大の懺悔や。