荒廃した世界で、君と非道を歩む

 近隣住民から激しい物音が聞こえたかと思えば、大人の断末魔が聞こえた後に静かになって怖いと通報が入り、当時刑事だった新汰は現場へ駆り出された。
 古いアパートの一室の前で新汰は強い鉄錆の匂いを感じ、傍に立っていた後輩の東にこう言った。

『ええか。何が出てきても、こっちから殺意を向けるな』

 気性が荒く正義感が強い東はよく犯人と対峙した時、焦って取り逃すことが多かった。だから先輩として、後輩の手綱を掴むのは責任と同じであったのだ。
 そして、玄関扉が開く。この事件は一体どのような犯人が起こしたのだろう。
 屈強な男だろうか、若い女だろうか、はたまた老い先短い老人だろうか。

『おっと、これはぁ……』

 正直、目を疑った。予想はことごとく外れ、部屋の中から顔を出したのは血塗れの子供だったのだ。

『よお、僕ちゃん。出迎えてくれてありがとぉなぁ』

 屈んで目線を合わせれば、二つの琥珀色をした鋭い瞳が貫く。見ているだけで刃物に刺されたような衝撃を感じた。
 外で待機をしていた他の捜査員達に部屋の中の捜査を任せ、新汰と東はその子供を連れて一足先に警察署へと戻った。
 思えば、あの時の自分の判断が全ての元凶だったのかもしれない。
 取調室に入った新汰は子供を椅子に座らせ、自身もその向かいの椅子に腰を下ろす。部屋の入口近くで東が関しのために立っていた。

『ほな、僕ちゃん。お名前聞かせてくれるか』

 ずっと上の空で何を考えているのか分からない不気味な少年は、新汰の質問に血走った琥珀色の瞳を向けて答えた。

『青天目、志筑』
『志筑くんな。ほな、聞くで。なんで親御さんを殺した?』

 子供相手だからこそ質問の仕方は回りくどく濁すべきだっただろう。
 けれど志筑と名乗ったこの少年にそんな気遣いは不要だと判断した。相手は子供であれ、残虐な方法で両親を殺したのだ。

『愛して、くれなかったから』

 志筑という少年は、光のない瞳で新汰を穴が開きそうになるくらい見つめてそう答えた。
 まだ小学校高学年ほどの少年が愛を語るなど馬鹿げている。きっと背後に立っている東であればそう言うだろう。
 しかし、新汰には到底そうは思えなかった。志筑という少年の向ける視線は、純粋無垢な愛に飢えた子供にしか見えないのだ。

『愛、か……』

 愛など新汰にも分からない。幼い頃から両親が刑事だったという理由だけで自身も刑事になり、なんとなくで生きているのだ。
 この少年が求める愛と新汰が知っている愛は同等なのだろうか。

『君は、愛されたかっただけなんやな』

 自分達刑事は民の平和を守るため罪人を捕まえる。そのはずなのに、結局生み出すのは親に愛されず手を血で汚す子供。
 何が正義で何が悪なのかなど、もう分からなくなってしまった。