嘘つきと疫病神

 
───一九四四年 冬───

夕方になり、客の数が減り出した頃。静かな店内に、一風変わった男の声が響き渡る。

「ごめんください」

 やけに背丈の大きい軍服を着た男は、窮屈そうに店の入口に立っていた。
 扉の前で佇む男の元へいち早く気がついた友里恵が駆け寄る。傍に寄っても見上げるくらいの背丈をした男は、必死に誰かを探しているようである。

「こちらに時雨蕗という方はいらっしゃいますでしょうか」
「え、ええ。今お呼びしますね」

 男の淡々とした問いかけに友里恵の中には警戒心が湧き上がる。時折軍人が店に訪れることはあるが、ここまで怪しい男には出会ったことがない。
 しかし問われて答えてしまったからには従うしか無い。戸惑いながらも友里恵は厨房にいる蕗の元へと向った。

「蕗ちゃん、男の人が呼んでいるよ」
「えっ、私?」
「誰なのか分からないのだけれど、軍人さんみたい」

 申し訳無さそうに手を合わせる友里恵に微笑み掛けながら厨房を出ると、確かに店の入口に軍人の男が立っている。
 前掛けで手を拭きながら男の元へ向かう。男のすぐ前にまで行った時、一瞬男の表情が変わった気がした。
 軍帽の庇で隠れているため顔全体を伺うことはできないため、それが余計に怪しく感じられる。

「貴方が時雨蕗さん?」
「ええ、私がそうですけど……」

 何故この男は自分の名前を知っているのだろう。男性の知り合いなどほとんどいないはずだ。
 ましてや軍人など、どういう風の吹き回しだろう。
 不審に思いながらもそう答えると、男は少し考えるとふっと笑みを落とした。

「やっと、見つけた」

 何かを呟いた気がしたのだが、何と呟いたのかは聞き取られなかった。
 聞き返そうとすると、それよりも先に男が軍帽を取る。

「え…………?」 

 騒がしかったはずの店内に静寂が流れ出す。実際は自分の耳に音が届かなくなって聞こえなくなっただけなのだが、そうだと気づく隙など与えられなかった。
 男が軍帽を取った瞬間、十年も前に離れ離れになってしまった人との約束が蘇る。

「絶対に帰ってくるから。またこの町に、君のいるこの町に帰ってくるから」

 もう叶わないと思っていた。手紙で互いの生存を確認しても、夢物語だと思っていた。
 それなのに、目の前にいるのは紛れもない。

「遅くなってごめん。帰ってくるのが遅くなって、待たせてごめん」

 目の前がぐらりと歪む。目の奥が熱くなって、喉の奥が痛くなって、今にも崩れ落ちてしまいそうで。

「仁武……仁武なの?」