嘘つきと疫病神

 ぐるぐると回る頭で必死に考える。青年は蕗の事を知らないが、別の自分が知っているから自分も知っている、と言いたいらしい。
 回りくどい言い方で重々しく言うものだから、こちらとしても難しく考えてしまった。
 単純に考えるとそういうことだと、仁武は自己解釈し青年の様子を伺った。

「聞きたいことはそれだけか?」
「…………いや、もう一つある」
「そうか。で、何?」

 これは聞くべきなのだろうか。聞いてしまっていいのだろうか。
 予想と違ってこの青年が関係なかったら、ただ彼を傷つけて終わってしまう。しかし聞かない限り真実は分からない。
 どうするべきかと逡巡していると、隣で微かな物音がした。目を向けると青年が木の幹に背を着けてぼんやりと空を仰いでいる。
 そうだ、自分が知っている虐めっ子としての彼は偽物だったのだ。目の前にいる彼が直接虐めてきていたわけではない。
 ならばこの件も彼は無関係だろう。そう信じて、情けない声が出ないように震える口を引き締める。

「あの噂、蕗が疫病神だっていう噂を流したのは、お前なのか?」

 青年は一瞬表情を強張らせると、首だけを動かして仁武の方を真っ直ぐと見つめた。先程まで浮かべていた微笑みはなく、鉄のような真顔だ。
 その変化に言わなければよかったと後悔するが、すでに彼には聞かれた後である。

「……そうだよ」

 違うと言ってほしかった。自分の思い込みであってほしかった。
 ただの我が儘でしか無い思いが胸の中で渦巻き、後悔の念がふつふつと生まれ出す。

「何で……?」
「疫病神が来てから、俺のお袋と祖父母が死んだ。俺みたく持病なんてない健康そのものだったのに、あの人らは死んだ。お前の婆さんも、他の町の人らも、皆疫病神が来てからだ。お前は知らねぇかもだけど、五年前までは同じように突然死した奴らが大勢いた。偶然だっていうけど、本当に偶然かと思うか?」

 偶然、だとは思えない。あまりにも根拠付けられる事例が多すぎるし、時系列も多少差はあれど、ほとんど間違えてはいない。
 蕗と出会ってから祖母が亡くなり、この町で共に暮らすようになってから大勢の人が死んだ。
 本当に蕗のせいなのだろうか。本当に蕗がこの町に来たことで人々は死に対する恐怖を植え付けられたのか。

「……分からない。蕗のせいでこうなったのかも、偶然が重なってこうなったのかも分からない。ただ、俺は蕗の事を信じたい。蕗のせいじゃないって言ってやりたい」

 半ば嘆きのように言えば、隣りに座っている青年は何を思ったのか突然立ち上がった。
 木漏れ日を背に立つ彼の顔は影になっていてよく見えない。ただ分かることとすれば、彼は穏やかに微笑んでいるということだ。

「なら、そう言ってやれよ。俺の中にいる別の俺が流した噂はただの作り話だって、言ってやれよ。そうすりゃ、別の俺も反省するだろうし。な、頼むよ、ジン」

 気がつけば、名前を知らない青年に、自分は長年思い悩んでいた悩みを打ち明けていた。噂の根源が彼にあることを知り恨みがましいと思うはずなのに、不思議とそんな感情が湧いてこない。
 ただ、この青年は悪い奴ではなかったのだと、少し複雑な事情を抱えているだけなのだと思ってしまった。
 だから口が滑ってしまったのかもしれない。このまま何も知らない状態で、丘を降りる気にはなれなかったから。
 その場から去っていこうとする青年の背に向かって、微かに声を張り上げて言う。

「なあ、お前の名前教えてよ」

 振り返った青年の顔が心底予想外だと言いたげで、問うてからいきなり過ぎたかと思い始める。
 しかしその時には自分も立ち上がっていて、何とも言えない微妙な距離が二人の間にはあった。

「ならお前も教えろよ。ジン」

 突然鼻腔を鋭い刺激臭が襲った。抹香のような香りに感じられるが、その香りの根源が何なのかは分からない。

「風柳仁武」
樒土洸希(しきみどこうき)

 ほんの少しだけ大人になれたのかもしれない。因縁の相手とこうして腹を割って話せるくらいにはなれたのだから。