嘘つきと疫病神

 こんなに幸せになってしまっていいのだろうか。後から見返りを求められないだろうか。
 そう思うほどに、今は幸せだと感じられて歯止めが効かないほどに昂っている。

「風柳、いるか」

 そんな中、昂る気持ちを一瞬の内に沈めてしまう男の声が聞こえてきた。
 先程の郵便配達員とは違う、威厳のある重々しい声である。
 渋々手に持っていた写真を引き出しの中に戻し、手紙を机の上に伏せて立ち上がる。
 扉を開けると、そこには仏頂面の中年男性が立っていた。傷だらけの顔を歪ませて、まるで無理矢理連れてこられた子供のようである。

「どうかされましたか」

 できるだけ相手を刺激しないよう、必要最低限の会話だけで済ませようと試みる。
 自分としては感情を込めずに冷たく問うたつもりだった。しかし、この男は問われることを始めから望んでいたかのように、不敵に笑い出す。

「喜べ、お前の移動が決まった」
「は?」
「故郷に帰られると言っておるのだ」

 素っ頓狂な自分の声など意に返さず、男はバシバシと強く背中を叩いてきた。その痛みに奥歯を噛みしめれば、ギリリと音が鳴る。
 ああ、苦手だなこの人。
 自分の上司に当たる人だというのに苦手だなんて言ってしまえば、不届き者だと叱られてしまう。それでも苦手なのだから、こうして近くにいるだけでも虫酸が走る。
 昔から、気が強くて傲慢で身体の大きい人が苦手だった。気が強いのは父親の影響、身体が大きい人は昔自分のことを痛めつけてきた虐めっ子の影響である。
 何年経とうとあの頃の痛みが忘れられない。身体に刻まれた深い傷は、成長して大きくなった身体に知らしめるように残り続けた。

「なんだ、もっと喜ぶかと思うておったのに。つまらない奴だ」
「はあ……」

 肩を抱かれ、ずいっと顔を近づけられる。日に焼けた浅黒い顔が眼前にまで迫って、とうとう我慢できなくなる。
 半ば逃げるように身体を引き剥がすと、男は一瞬不機嫌そうに表情を歪ませた。しかしすぐに先程までの調子を取り戻し、掴んでいた肩から手を離す。
 やっと開放された安堵から胸を撫で下ろしていると、すぐ耳元でやけに優しい声が聞こえた。

「そこは嘘でも喜びを見せるところだ」

 それまで浮かべていた仏頂面など消え去り、慣れない微笑みを浮かべる上官がそこにはいた。
 くるりと後ろを向いて背中を見せると、ひらひらと手を振りながら上官は去っていく。
 残された仁武は、未だに痛む背中を気にしながら去りゆく上官の背中を眺めていた。