嘘つきと疫病神


「手伝ってくれてありがとう。でも良かったのよ、今日は貴方が主役だったんだから」
「気にしないでください。あれだけ良くしてくださったんですから、これくらいしたいんです。お礼くらいさせてください」

 頑なに蕗を雑務から遠ざけようとする鏡子を避けて、机の上に並んだままの食器を台所に運ぶ。
 台所に立つ紬に食器を手渡し、軽く雑談を交わしたりして誕生日会の余韻に浸った。
 紬と話していると、いつも江波方の姿が過る。そして彼の姿が浮かんだ時、洸希との会話もまた蘇るのだ。
 友里恵を殺した時の江波方に対する発言。洸希は江波方のことを『兄ちゃん』と呼んでいた。江波方もまた彼の名前を知っており、知り合いのように接していた。
 ずっと独り身だと言っていた洸希と江波方が兄弟ならば、何故苗字が違うのだろう。
 彼らだけでなく、世界中に苗字が違う兄弟はたくさんいる。母方に行くか、父方に行くかで苗字が変わるため彼らもそうかもしれない。
 だが、到底二人が並んでいる姿を見ても兄弟だとは思えなかった。他人と言われる方が納得できるくらい二人は似ていなかったのだ。
 似ていない兄弟がいるにしろ、性格も見た目も背丈も何もかもが彼らを見ていると赤の他人のようだった。この違和感とは何なのだろうか。

「考え事?」
「え、えっと、まあ」
「悩んでいるのだったら話してくれたら良いからね。話したくないなら無理強いはしないけれど」
「話せないと言うか、話しにくいと言うか……」

 言い淀む蕗に紬は優しく笑いかける。この人ならば話してみても良いかもしれない。彼女ならば、蕗が抱える違和感を否定することなく聞き入れてくれるような気がした。
 しかし相手は紬である。蕗が感じる違和感は、江波方と洸希が関係している。彼らのことを紬に話してしまえば、紬と江波方の関係を破壊しかねない。
 それでも聞かなくてはならない、そんな気がした。もしかしたら、紬は何か知っているかもしれないという淡い期待があった。

「江波方さんに兄弟っているんですか? 特に弟とかって」
「江波方さんに兄弟が?」

 オウム返しに聞き返した紬の言葉に蕗はコクコクと頷く。紬は顎に手を当て、長く唸り出す。しばらく考えてくれたようだが、目を開けた彼女の表情は釈然としないものである。
 これだけ考えて答えが出ないということは、彼女は何も知らないということだろう。江波方の性分では紬に自身のことを語るなどしないだろう。仮に二人の仲が深いものであっても、今回の件が紬が知ることはなかったことかもしれない。
 洸希の口ぶりからも、二人はかなり疎遠になっていたようだった。江波方が兄弟について話しているところなど見たことがないし、洸希など独り身だと自ら言っていたほどだ。
 やはり直接本人に聞くしか無いかと、肩を落としその場を去ろうとしたその時。
 突如として紬はあっと声を上げて背を向けた蕗を呼び止めた。

「そういえば、話しているところを見たことがあったわ」
「え! 本当ですか!?」
「見たと言うか、聞こえたという方が良いかしら。前にね、芝さんと話していたのよ。『弟を見つけた』って」
「や、やっぱり……。江波方さんはこの町に洸希がいることを知っていたんだ。だからあの時、私達を追いかけて……」
「聞きたかったことはそれだけ?」
「はい。聞きたかったことは聞けました。すみません、時間を取らせてしまって。ありがとうございました」

 ずっと望んでいた答えを聞けた。少ない情報だが、何も知らない憶測だけで彼らを見ていた以前より格段に前進した。
 後は江波方に全てを教えてもらうだけだ。これで感じているこの違和感の正体が判明する。