人になりたいと思ったサル

天気……雨が上がって、さわやかな青空が空一面に広がっていた。草木は雨に洗われて、みずみずしくなり、明るい緑色の葉が光に照り映えて、きらきらと輝いていた。

朝ご飯を食べたあと、ぼくは、いつものように、湖畔に沿って散歩をして、そのあと翠湖公園の出入口の近くにある眼鏡橋のところへ行った。すると地包天がやってきた。
「笑い猫、おはよう。今日はここで、わたしを待っていてくれたの?」
地包天がそう聞いた。ぼくは首を横に振った。
「おまえを待っていたのではない。馬小跳や彼の友だちを待っていたのだ」
ぼくはそう答えた。
「今日、ここに来るの?」
地包天が聞いた。ぼくはうなずいた。
「あのサル使いの男からサルを助けるために、今日の朝、ここに来ることになっている」
ぼくは地包天にそう答えた。
「そうだったの。うまくいくといいわね」
地包天がそう答えていた。
「大丈夫だよ。馬小跳や彼の友だちは普通の子どもとは違って、人一倍勇敢で気概にあふれているから、きっとうまくやるよ」
ぼくはそう答えた。
「そうあることを願っているわ」
地包天がそう言った。地包天はそのあと、ぼくと別れて、ひとりで散歩に出かけていった。いつもは、ぼくも地包天といっしょに散歩をするのを楽しみにしているが、今朝は、お供をするわけにはいかないので、遠ざかっていく地包天の後ろ姿を静かに見ていた。
それからまもなく馬小跳が眼鏡橋の上にやってきた。ぼくがいるのに気がついて
「あれっ、笑い猫、おまえもサルを助けるために、一役買ってくれるのか?」
と言った。ぼくはそれを聞いて
「にゃーん」
と鳴いた。それからしばらくしてから唐飛と張達と毛超が眼鏡橋の上にやってきた。唐飛たちも、ぼくを見て、みんなびっくりしたような顔をしていた。唐飛が
ぼくを抱き上げながら
「笑い猫、おまえも力を貸してくれるのだな」
と言った。ぼくは、にっこりと笑みを浮かべた。
「さあ、これから戦いに行くぞ。おれのあとについてこい」
馬小跳が気勢をあげていた。
「おー」
唐飛と張達と毛超が右腕のこぶしを斜めに突き上げて呼応していた。
馬小跳はそのあと楠林のほうへ足を向けた。唐飛と張達と毛超もすぐ後に続いていた。
楠林の前まで来ると、サル使いの男は、もうすでにそこに来ていて、興行の準備をしていた。サルもいて、物憂げな顔をしながら、遠くをぼんやりと見つめているような目をしていた。お客さんはまだ来ていなかったが、サル使いの男は盛況を信じて、鼻歌を歌いながら楽しそうに準備をしていた。
馬小跳たちがやってきたのを見て、サル使いの男が
「いらっしゃい。見に来たのか」
と声をかけていた。
「いえ、違います」
馬小跳が毅然(きぜん)とした顔をしながら、そう答えていた。それを聞いて、サル使いの男が、けげんそうな顔をしながら
「だったら何をしに来たのだ?」
と聞き返していた。
「一言、言いたいことがあって来ました」
馬小跳がそう答えていた。
「何だ。何が言いたいのだ?」
サル使いの男が不機嫌そうな顔をしながら、そう聞いた。
「サルをむちでたたくのはやめてください」
馬小跳が、きりっとした目をしながらそう言った。それを聞いてサル使いの男は、仏頂面(ぶっちょうづら)をしながら
「ふん、子どものくせに偉そうな口をききやがって」
と、ぶつぶつ言っていた。サル使いの男は開き直って
「客を楽しませるために、サルがおれの言うことを聞かないときは、お仕置きをしているだけだ」
と言った。馬小跳はそれを聞いて一歩も引かないで
「サルをむちでたたくことは動物に対する虐待だとは思わないのですか?」
と問いかけていた。サル使いの男は平然とした顔をしながら
「思わないね」
と、ぶっきらぼうに答えていた。唐飛がそれを聞いて
「お金儲けに目がくらんで、動物の気持ちがわからない人間は最低の人間だと思います」
と言っていた。それを聞いてサル使いの男は少しも顔色を変えないで
「この世の中はお金がすべてだ。お金儲けの、どこが悪い?」
と、言葉を返していた。サル使いの男は、そのあと、ぼくの顔をじっと見ながら
「この猫には見覚えがある」
と言った。しばらく考えてから
「あっ、思い出した。この前、サルに近づいてきたあの猫だ。おれが蹴り上げた、あの猫だ」
と言った。毛超がそれを聞いて
「サルだけでなく、猫も虐待していたのですか」
と言って、憤慨していた。
「まったく許せない」
張達がそう言った。ぼくは、不気味な声を出してサル使いの男を威嚇(いかく)した。ぼくや馬小跳たちに厳しい目でにらまれて四面楚歌の状態に追い込まれたサル使いの男は
「おまえたちとかかわっている暇はない。もうすぐお客さんがたくさんやってくるから、さっさと、どこかへ消え失せろ。迷惑だ」
と、疎ましそうな顔をしながら、そう言っていた。馬小跳はそれを聞いて
「ここは公共の場所です。悪いことをしているわけでもないのに、どうして、ぼくたちがここから出ていかなければならないのですか?」
と答えて開き直っていた。サル使いの男も馬小跳たちもどちらも我を張って一歩も引かないで火花を散らしながら、お互いに厳しい視線でにらみ合っていて息が詰まるような膠着(こうちゃく)状態がしばらく続いていた。一触即発の対立関係を、ぼくは冷や冷やしながら見ていた。緊迫感に耐えられなくて、ぼくはふっと視線をそらした。すると、お客さんが三々五々と、こちらへやってきているのが目に入った。サル使いの男も馬小跳たちも、お客さんの姿に気がついてひとまず休戦することにした。
サル使いの男は馬小跳たちを追い立ててから、大きな声で
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。おりこうなサルが、みなさんたちに楽しい芸を披露しますよ」
と呼びかけていた。その声に引き寄せられて、みるみるうちに、サル使いの男の周りにお客さんがたくさん集まってきた。頃合いを見て、サル使いの男がサルに
「さあ、みなさんにあいさつをしろ」
と言っていた。ところがサルは、きょとんとした顔をしていて何も反応しなかった。それを見てサル使いの男がむちを振り上げて、サルの体をぴしっとたたいていた。サルは思わず「ひいっ」という悲鳴を上げた。そのあとサルはもうこれ以上、たたかれるのはいやだと思ったのか、お客さんに向かって頭をさげて、ぺこりとお辞儀をしていた。その仕草がとても愛らしかったので、お客さんは拍手をしていた。
「さあ、次は、みなさんに投げキッスを送ります」
サル使いの男はそう言ってから、サルを見ながら投げキッスの真似をした。ところがサルは今度も何も反応しなかったので、サル使いの男は怒って、サルにむちを当てていた。サルは思わず「ひいっ」という悲鳴を上げた。そのあとサルは痛さをこらえながらお客さんに向かって、投げキッスを送っていた。お客さんはみんな楽しそうに笑いながら、サルのかわいらしい仕草を見ていた。サル使いの男は、かぶっていた帽子を手にとって逆さまにしてから
「サルの演技はまだまだ続きます。もっと楽しい芸を披露します。見たい人は、この帽子のなかにお金を入れてください」
と言っていた。サル使いの男は帽子を逆さまに持って、お客さんの間を回っていた。する
とたちまちのうちに帽子のなかに入りきれないほどのお金が入れられた。それを見てサル使いの男は、ほくほくした顔をしながら
「ありがとうございます。ではこれから、サルがみなさんに歌を歌って聞かせます」
と言っていた。それを聞いて、お客さんは信じられないような顔をしていた。それからまもなくサルが口をぱくぱく動かしながら歌い始めた。でもよく見るとサルは口真似をしているだけで本当に歌っているのではなかった。サル使いの男の上着のポケットのなかにテープレコーダーがあって、歌はそこから出ていた。歌は女性のきれいなソプラノだったので、サル使いの男は美しさに酔ったような顔をしながら目をつむって歌に聞き入っていた。そのすきに馬小跳は、サル使いの男にそっと近づいていって、電光石火の早業で、上着のポケットのなかからテープレコーダーをさっと抜き取って、お客さんに見せていた。それを見て、だまされたことを知ったお客さんは、ひどく怒って不愉快そうな顔をしながら、その場から次々と去っていった。サル使いの男は、むしゃくしゃして
「くそっ、このガキどもは、おれの商売の邪魔をしやがった。ただではすまないからな」
と吐き捨てるように言ってから、サルを連れてその場から離れていった。馬小跳たちは、あとをつけていった。サル使いの男が
「おまえたちはどこまで、おれに付きまとうつもりか。いい加減にしろ」
と鬼のような形相で怒鳴りつけていた。馬小跳たちは、それでも少しもひるまないで、影と形のようにサル使いの男のあとを、ぴったりとつけていった。
「サルを解放してください。そうしたら付きまといません」
馬小跳がサル使いの男にそう言っていた。するとサル使いの男が首を横に振った。
「それはできない。このサルはおれにとってドル箱だ」
サル使いの男が不機嫌そうに、そう言った。
「何がドル箱ですか。もっとまっとうな方法でお金を稼いだらどうですか」
馬小跳がそう答えていた。
「そうだ、そうだ」
「サルが、かわいそうだ」
「お、おれはサルを助ける」
唐飛と毛超と張達がそう言った。それを聞いてサル使いの男が目に角を立てながら
「おまえらに指図される覚えはない。さっさと消え失せろ」
と言って声を荒立てていた。馬小跳たちは、それでも、執拗(しつよう)にあとをつけていった。サル使いの男は公園の外に出てから、まがきで囲まれたところの前までくると
「おれはこれからちょっとトイレに行ってくる」
と言った。それを聞いて馬小跳がうなずいてから
「その間、ぼくたちがサルを預かっておきます」
と答えていた。するとサル使いの男が
「その手は桑名の焼き蛤だ」
と言った。馬小跳たちは意味がよくわからなかったので、ぽかんとした顔をしていた。するとサル使いの男が
「おれがちょっと油断しているすきに、サルを抱えて逃げるつもりだろうが、その手には乗らない」
と言った。馬小跳の下心は完全に見透かされていた。サル使いの男はそのあとサルを連れたまま、まがきのなかに入っていった。五分経っても、サル使いの男は出てこなかった。十分経っても出てこなかった。不審に思った馬小跳たちは、まがきのなかに入っていった。すると、サル使いは、まがきの裏口から、こっそりと逃げていて、姿も形もなかった。
「ちくしょう、いっぱい食わされたか」
「敵もさるものだ」
「さるものを追っても仕方がない」
「こ、このままでは終われない」
馬小跳たちは地団太を踏んで悔しがっていた。