天気……ここ数日、空気が乾燥していて、公園にある木々の葉は、ほこりで汚れていたが、今日は久しぶりに小雨が降ったので、ほこりは洗い流されて、木々の葉がみずみずしく見えた。今の時季は、草木がよく成長するので、土のなかから養分や水分を吸い上げた樹木や草花は生き生きとしていて、公園を訪れる人の目をなごませていた。
朝ご飯を食べたあと、ぼくはうちを出て、遊歩道のなかを散策していた。湖畔に沿って植えてある柳の枝はよく伸びていて、枝の先は翠湖すれすれにまで垂れていた。翠湖のなかにはハスの葉が広がっていて、ピンクや白の大きな花が湖のあちこちで咲いていた。
この時季らしい光景を見ているときに、ぼくは杜真子のことをふっと思い浮かべた。ハスの花言葉は『清らかな心』だから、杜真子のイメージにぴったりだし、杜真子の瞳は湖の色と同じように澄んでいるし、杜真子のまつ毛は長くて柳のように垂れているからだ。そんなことを思いながら楽しい気持ちで歩いていると、向こうから地包天がやってくるのが見えた。ぼくに気がついて、地包天が駆け寄ってきた。
「笑い猫、おはよう。元気?」
地包天がそう聞いたので
「元気だよ。おまえも元気か?」
と、ぼくは聞き返した。
「ありがとう。わたしも元気よ」
地包天がそう答えた。
「そうか。よかったな。今日はニンニクのにおいはしないな」
ぼくはそう言った。
「ちょっとだけ食べたけど、におい消しのためにミントのチューインガムをかんできたわ。笑い猫はニンニクが嫌いだから」
地包天がそう答えた。
「そうか。ぼくに気をつかってくれたのか。ありがとう」
ぼくは地包天にそう言った。
「それくらい何でもないわよ。ニンニクのにおいが消えていてよかった」
と地包天が答えた。
ぼくと地包天はそれからまもなく、いっしょに散歩に出かけた。公園のなかには太極拳をしている人や、オウムを連れてきて、物真似を教えている人や、漢詩を朗々と詠じている人などがいた。ぼくと地包天は広い翠湖公園のなかを、時々、休みを取りながら一時間ほど歩いていた。すると三十メートルほど先に人だかりがしているところがあったので、ぼくは興味を感じた。
「何だろう。行ってみないか?」
ぼくはそう言って、地包天に誘いかけた。
「わたしも興味があるわ」
地包天がそう答えた。ぼくと地包天は人に踏まれないように気をつけながら、人だかりのほうに近づいていった。するとサル回しの大道芸がおこなわれていた。首にくさりを巻かれたサルが、サル使いの男のすぐ前にいた。サル使いの男は、にやにやした目で観客を見ながら
「これから、サルがみなさんに楽しい芸をお見せします。まず、みなさんに、あいさつをします」
と言っていた。サル使いの男はそれからまもなくサルの頭を、ぽんとたたいた。するとサルがすぐに反応して、観客に向かって敬礼をしているようなポーズを取った。それを見て観客の間から歓声が上がっていた。
「今度は、みなさんに、投げキッスを送ります」
サル使いの男はそう言うと、今度はサルの右手を、ぽんとたたいた。ところがサルはうまく反応しないで、ぼうっとしたような顔をしながら、突っ立っているだけだった。それを見てサル使いの男が怒って、むちでサルの体を、ぴしっとたたいた。サルは痛そうな顔をしながら、右手を口に当てて観客に投げキッスを送っているようなポーズを取った。それを見て観客の間から再び歓声が上がった。
サル使いの男は、そのあともサルに輪くぐりや綱渡りや竹馬などをさせて、言われたとおりにしなかったり、技に失敗したときには、むちで容赦なく、たたいていた。それを見て、ぼくは心がとても痛んだ。地包天も、いたわしそうな目で見ていた。観客のなかにも見るに見かねて、そっと去っていく人もいた。サルの顔や、おしりは、もともと赤い色をしているが、むちで何度もたたかれたことで、ますます赤くなっていた。観客のなかの一人がサル使いの男に
「芸はもうそれくらいでいいから、サルといっしょに記念写真を撮らせてください」
と言っていた。するとサル使いの男が
「ただというわけにはいかない。十元払ってください」
と言っていた。
「わかりました。払います」
観客はそう答えてから、財布のなかから十元札を一枚取り出してサル使いの男に手渡していた。サル使いの男はお金を受け取ると、サルを観客の横に並べてからカメラを構えた。サルがぼうっとしたような顔をしていたから、サル使いの男はシャッターを押すのをやめてサルの体を、むちでぴしっとたたいてから
「もっとうれしそうな顔をしろ」
と言って、どなっていた。サルに人の言葉がわかるはずがないから、サルは無表情のまま観客の横に、突っ立っているだけだった。それを見て、サル使いの男はますます不愉快そうな顔をしながら、サルの体を、ぴし、ぴし、ぴしと、三回むちでたたいた。サルは痛さのあまりに顔の表情をゆがめていた。サルはそのあと無理に表情を変えて一見、笑っているような顔をした。それを見て、サルといっしょに記念写真を撮ろうとした人はサルの頭を手でそっとなでていた。そのほほえましい光景を見て、サルといっしょに記念写真を撮りたいという人の数がどんどん増えていった。そのためにサル使いの男が受け取るお金の額もどんどん増えていった。
地包天がその光景を見ながら
「みんな十元払って、サルといっしょに記念写真を撮っているけど、十元あれば食べ物はどれくらい買えるの?」
と聞いた。
「ポップコーンなら十個買える。フライドチキンなら二個買える」
ぼくはそう答えた。
「そうか。それだったら、わたしは記念写真よりも食べ物のほうがいいな」
地包天がそう答えた。
「それにしても、あのサル使いの男は、サルのおかげで、ぼろもうけしているくせに、サルをあんなにひどい目に遭わせて、ぼくは我慢できない」
ぼくは、やるかたない気持ちを地包天にぶちまけた。すると地包天が
「わたしも同じだわ。このまま見て見ぬふりをしておくわけにはいかない」
と言った。
サル使いの男は財布のなかに入りきれないほどのお金を受け取ると、したり顔をしながら金額を数え始めた。周囲のことには、まったく目がいっていないように見えたから、ぼくはそのすきに、サルのそばまでそっと近寄っていって、小声で
「こんにちは」
と声をかけた。ぼくはもちろんサルの言葉で話しかけたが、サルはきょとんとしたような顔をしながら、ぼくのほうをじっと見ているだけで何も答えなかった。ぼくの言葉がサルに通じなかったわけではないと思うが、サルではないぼくがサルの言葉であいさつをしたので、びっくりしたのではないかと思った。
それからまもなくサル使いの男が、ぼくに気がついて、追い払おうとして足を振り上げた。ぼくはそれを見て、さっと逃げにかかったが、逃げるのが一瞬遅れてしまった。サル使いの男は、ぼくの体を思い切り蹴り上げた。
「ギャー」
悲鳴を上げながら、ぼくは、ほうほうの体で逃げていった。地包天も、ぼくのすぐあとから逃げていった。
(覚えていろ。この借りはいつか必ず返すからな。今に見ていろ)
ぼくは走って逃げながら、そう思っていた。
朝ご飯を食べたあと、ぼくはうちを出て、遊歩道のなかを散策していた。湖畔に沿って植えてある柳の枝はよく伸びていて、枝の先は翠湖すれすれにまで垂れていた。翠湖のなかにはハスの葉が広がっていて、ピンクや白の大きな花が湖のあちこちで咲いていた。
この時季らしい光景を見ているときに、ぼくは杜真子のことをふっと思い浮かべた。ハスの花言葉は『清らかな心』だから、杜真子のイメージにぴったりだし、杜真子の瞳は湖の色と同じように澄んでいるし、杜真子のまつ毛は長くて柳のように垂れているからだ。そんなことを思いながら楽しい気持ちで歩いていると、向こうから地包天がやってくるのが見えた。ぼくに気がついて、地包天が駆け寄ってきた。
「笑い猫、おはよう。元気?」
地包天がそう聞いたので
「元気だよ。おまえも元気か?」
と、ぼくは聞き返した。
「ありがとう。わたしも元気よ」
地包天がそう答えた。
「そうか。よかったな。今日はニンニクのにおいはしないな」
ぼくはそう言った。
「ちょっとだけ食べたけど、におい消しのためにミントのチューインガムをかんできたわ。笑い猫はニンニクが嫌いだから」
地包天がそう答えた。
「そうか。ぼくに気をつかってくれたのか。ありがとう」
ぼくは地包天にそう言った。
「それくらい何でもないわよ。ニンニクのにおいが消えていてよかった」
と地包天が答えた。
ぼくと地包天はそれからまもなく、いっしょに散歩に出かけた。公園のなかには太極拳をしている人や、オウムを連れてきて、物真似を教えている人や、漢詩を朗々と詠じている人などがいた。ぼくと地包天は広い翠湖公園のなかを、時々、休みを取りながら一時間ほど歩いていた。すると三十メートルほど先に人だかりがしているところがあったので、ぼくは興味を感じた。
「何だろう。行ってみないか?」
ぼくはそう言って、地包天に誘いかけた。
「わたしも興味があるわ」
地包天がそう答えた。ぼくと地包天は人に踏まれないように気をつけながら、人だかりのほうに近づいていった。するとサル回しの大道芸がおこなわれていた。首にくさりを巻かれたサルが、サル使いの男のすぐ前にいた。サル使いの男は、にやにやした目で観客を見ながら
「これから、サルがみなさんに楽しい芸をお見せします。まず、みなさんに、あいさつをします」
と言っていた。サル使いの男はそれからまもなくサルの頭を、ぽんとたたいた。するとサルがすぐに反応して、観客に向かって敬礼をしているようなポーズを取った。それを見て観客の間から歓声が上がっていた。
「今度は、みなさんに、投げキッスを送ります」
サル使いの男はそう言うと、今度はサルの右手を、ぽんとたたいた。ところがサルはうまく反応しないで、ぼうっとしたような顔をしながら、突っ立っているだけだった。それを見てサル使いの男が怒って、むちでサルの体を、ぴしっとたたいた。サルは痛そうな顔をしながら、右手を口に当てて観客に投げキッスを送っているようなポーズを取った。それを見て観客の間から再び歓声が上がった。
サル使いの男は、そのあともサルに輪くぐりや綱渡りや竹馬などをさせて、言われたとおりにしなかったり、技に失敗したときには、むちで容赦なく、たたいていた。それを見て、ぼくは心がとても痛んだ。地包天も、いたわしそうな目で見ていた。観客のなかにも見るに見かねて、そっと去っていく人もいた。サルの顔や、おしりは、もともと赤い色をしているが、むちで何度もたたかれたことで、ますます赤くなっていた。観客のなかの一人がサル使いの男に
「芸はもうそれくらいでいいから、サルといっしょに記念写真を撮らせてください」
と言っていた。するとサル使いの男が
「ただというわけにはいかない。十元払ってください」
と言っていた。
「わかりました。払います」
観客はそう答えてから、財布のなかから十元札を一枚取り出してサル使いの男に手渡していた。サル使いの男はお金を受け取ると、サルを観客の横に並べてからカメラを構えた。サルがぼうっとしたような顔をしていたから、サル使いの男はシャッターを押すのをやめてサルの体を、むちでぴしっとたたいてから
「もっとうれしそうな顔をしろ」
と言って、どなっていた。サルに人の言葉がわかるはずがないから、サルは無表情のまま観客の横に、突っ立っているだけだった。それを見て、サル使いの男はますます不愉快そうな顔をしながら、サルの体を、ぴし、ぴし、ぴしと、三回むちでたたいた。サルは痛さのあまりに顔の表情をゆがめていた。サルはそのあと無理に表情を変えて一見、笑っているような顔をした。それを見て、サルといっしょに記念写真を撮ろうとした人はサルの頭を手でそっとなでていた。そのほほえましい光景を見て、サルといっしょに記念写真を撮りたいという人の数がどんどん増えていった。そのためにサル使いの男が受け取るお金の額もどんどん増えていった。
地包天がその光景を見ながら
「みんな十元払って、サルといっしょに記念写真を撮っているけど、十元あれば食べ物はどれくらい買えるの?」
と聞いた。
「ポップコーンなら十個買える。フライドチキンなら二個買える」
ぼくはそう答えた。
「そうか。それだったら、わたしは記念写真よりも食べ物のほうがいいな」
地包天がそう答えた。
「それにしても、あのサル使いの男は、サルのおかげで、ぼろもうけしているくせに、サルをあんなにひどい目に遭わせて、ぼくは我慢できない」
ぼくは、やるかたない気持ちを地包天にぶちまけた。すると地包天が
「わたしも同じだわ。このまま見て見ぬふりをしておくわけにはいかない」
と言った。
サル使いの男は財布のなかに入りきれないほどのお金を受け取ると、したり顔をしながら金額を数え始めた。周囲のことには、まったく目がいっていないように見えたから、ぼくはそのすきに、サルのそばまでそっと近寄っていって、小声で
「こんにちは」
と声をかけた。ぼくはもちろんサルの言葉で話しかけたが、サルはきょとんとしたような顔をしながら、ぼくのほうをじっと見ているだけで何も答えなかった。ぼくの言葉がサルに通じなかったわけではないと思うが、サルではないぼくがサルの言葉であいさつをしたので、びっくりしたのではないかと思った。
それからまもなくサル使いの男が、ぼくに気がついて、追い払おうとして足を振り上げた。ぼくはそれを見て、さっと逃げにかかったが、逃げるのが一瞬遅れてしまった。サル使いの男は、ぼくの体を思い切り蹴り上げた。
「ギャー」
悲鳴を上げながら、ぼくは、ほうほうの体で逃げていった。地包天も、ぼくのすぐあとから逃げていった。
(覚えていろ。この借りはいつか必ず返すからな。今に見ていろ)
ぼくは走って逃げながら、そう思っていた。

