人になりたいと思ったサル

天気……今日はそれほど暑くなくて過ごしやすい一日だった。空は青く透き通っていて、ところどころに、ぽかぽかと浮かんでいる白い雲が、小舟のように、ゆっくりと流れていた。

ぼくが翠湖公園のなかにある洞窟のなかで暮らし始めてから、地包天が毎日、ぼくのうちへやってきて、ぼくの相手をしてくれるようになった。朝の十時ごろやってきて、お昼にはいったん、飼い主さんのうちへ帰っていくが、昼ご飯を食べてから再び翠湖公園にやってきて、日が暮れるころまで、ぼくといっしょに過ごしてくれるようになった。そのためにぼくは少しも寂しさを感じることがなかった。地包天はくるときにはいつも町で拾ったニュースを持ってきてくれる。それを聞くのも、ぼくの楽しみの一つとなった。
「今日から夏になったのを知っていますか?」
今朝、地包天がそう言った。ぼくはそれを聞いて
「もうとっくに夏になっているよ。立夏は過ぎているから」
と答えた。すると地包天が
「それは暦の上での夏でしょ。実際の夏は今日から始まるのよ」
と言った。ぼくはけげんに思ったので
「どうしてなのだ?」
とすぐに聞き返した。すると地包天が
「証拠を見せるから、わたしのあとについてきて」
と言った。ぼくは興味を覚えたので、地包天のあとからついていった。地包天が連れていってくれたところは、ブドウ園だった。翠湖公園の一角にブドウ園があることは、ぼくも知っていたが、地包天がぼくを、今日、ブドウ園に連れてくるとは思っていなかった。
「わたしは翠湖公園に散歩にやってくるとき、いつもこの前を通るけど、昨日まではなかったものを今朝、発見したので、今日から夏が始まったのだと思ったわ」
地包天がそう言った。
「何を発見したのだ?」
ぼくは地包天に聞き返した。
「実」
地包天がそう答えた。
「実?」
ぼくは、オウム返しにそう言った。地包天がうなずいた。
「昨日までは実はついていなかったけど、今朝、よく見たら、小さな実がついていた」
地包天がそう言った。それを聞いて、ぼくは顔をブドウ棚に近づけて、目を皿のように凝らしながら、葉っぱが茂っているブドウ棚のなかを見ていた。すると確かに地包天が言ったように、小さな実がたくさんついているのが見えた。実の大きさは緑豆よりも小さかった。
「この実がこれから少しずつ大きくなっていって、食べられるようになったときに夏が終わる」
地包天がそう言った。ぼくはそれを聞いて、思わず、くすりと笑ってしまった。地包天が言っていることに何の根拠もないし、自分だけがそう思っているにすぎないように思ったからだ。地包天はいかにも説得力があるようなことを言っていたが、地包天の盲信だと思って、ぼくは相手にしなかった。
ぼくが笑ったのを見て、地包天は不機嫌そうな顔をしながら
「今日から夏が始まることの証拠はもう一つあるわ」
と言った。
「何だ?」
ぼくはすぐに聞き返した。
「子どもたちが通っている学校が今日から夏休みに入ったからよ。夏休みに入った日が夏の始まりで、夏休みが終わる日が夏の終わり」
地包天がそう言った。ぼくは、それを聞いて、また、くすりと笑ってしまった。地包天が考えていることは主観的にすぎないし、説得力がまったくなかったからだ。考え方が単純だと言えばそれまでだが、そのように考えるところも地包天の魅力の一つだと思って、ぼくは、ほほえましく思いながら聞き流すことにした。
ぼくと地包天はそれからまもなく、ブドウ園をあとにした。
「学校が今日から夏休みに入ったから、杜真子や馬小跳はきっと、今日、ぼくのうちへやってくるはずだ」
ぼくは地包天にそう言った。
「そうだね。午前中は終業式があるので、くることはできないかもしれませんが、午後になったら、きっと、笑い猫が好きなものをもってやってくるわよ」
地包天がそう言った。
「そうだね。ぼくもそう思う」
ぼくは地包天にそう答えた。
「もうすぐお昼だから、わたしはうちへ帰ることにするわ。ご飯を食べてからまた来る」
地包天はそう言ってから、翠湖公園を出て、うちへ帰っていった。
午後の二時ごろ、地包天が再び、ぼくのうちへやってきた。
「杜真子や馬小跳はもう来ましたか?」
開口一番、地包天が、そう聞いた。
「いや、まだ来ていないよ」
ぼくはそう答えて、首を横に振った。
「来る途中、たくさんの子どもたちが翠湖公園のほうへ向かって歩いてきていたから、もうしばらくしたら、杜真子や馬小跳もやってくるわよ」
地包天がそう言った。ぼくはそれを聞いてうなずいた。
ぼくと地包天は、うちのなかに入って、入口を覆い隠しているかずら越しに外の様子を見ながら、杜真子や馬小跳がやってこないかなあと思っていた。湖畔沿いに長く延びている遊歩道の上をたくさんの子どもたちが楽しそうに歩いているのが見えた。学校が今日から夏休みになったので、どの子どもも開放感にあふれていて、友だちと何か話しながら明るい顔をして歩いているのが遠目にはっきりと見えた。目を転じて翠湖の湖面を見ると、湖のなかに日の光がきらきらと射しこんでいて、まぶしくて目を開けて見てはいられないほど輝いているのがわかった。
「あっ、あれは杜真子ではないかな」
地包天がそう言ったので、ぼくは再び目を転じて遊歩道のほうを見た。地包天が指でさしたほうを見ると、確かに杜真子に間違いなかった。ピンク色の半そでのブラウスに、フリルのついた白いミニスカートをはいていて、手に袋を提げながら、こちらに近づいてきているのが見えた。
「あの袋のなかには食べ物が入っていると思うわ。ニンニクも入っているかな」
地包天がそう言った。ぼくはそれを聞いて、思わず、くすりと笑った。
「入っているわけがないではないか。ぼくはニンニクは食べないから」
ぼくは地包天にそう答えた。
「そうだったわね。ニンニクは、わたしがよく食べるもの。笑い猫はニンニクのにおいが嫌いだったわね」
地包天がそう言った。ぼくはうなずいた。
杜真子はそれからまもなく、洞窟へやってきた。
「笑い猫、食べ物を持ってきたわ」
杜真子はそう言ってから、入口をふさいでいるかずらをかき分けて洞窟のなかに入ってきた。ぼくのそばに地包天がいるのを見て
「かわいいワンちゃんね。お友だちができてよかったわね」
と言った。ぼくはにっこり、うなずいた。
「馬小跳はまだ来ていないようね。今日から学校が夏休みになったから、もうしばらくしたら来ると思うわ」
杜真子がそう言った。杜真子は、そのあと、かずら越しに、外の様子をうかがっていた。しばらくしてから
「あっ、馬小跳が来たわ」
と、杜真子が言った。ぼくはそれを聞いて、うれしくなった。
「あっ、跡をつけられている」
杜真子がそう言って、かずらをかき分けて、うちの外へ飛び出していった。
「馬小跳、こっちへ来ないで。跡をつけられている」
杜真子がそう言った。馬小跳はそれを聞いて、びっくりして立ち止まった。
「気がついていないの。唐飛たちが、跡をつけてきているわ」
杜真子がそう言った。馬小跳は後ろを振り返ったが、人の姿はどこにもなかったので
「だれもいないではないか。途中でうまくまいたから、ついてきているはずがないよ」
馬小跳がそう言った。それを聞いて杜真子が、
「まったく鈍感なのだから……」
と言って、文句を言っていた。
「木の陰に隠れているわ」
杜真子がそう言って、唐飛たちが隠れている木を指さしていた。
「あなたたち、早く出てきなさい。何をこそこそと、馬小跳の跡をつけてきているのよ」
と目に角を立てながら、杜真子が木のほうに向かって呼びかけていた。それからまもなく木の陰から唐飛と毛超と張達がしぶしぶと姿を現わした。それを見て馬小跳がびっくりして
「おまえたちは、おれの跡をつけていたのか」
と不愉快そうに言った。すると唐飛が
「おれたちは影と形のように、くっついている関係だから、そうやすやすと振り切られるわけがないではないか」
と言った。
「そうだよ。おれたちに知られたくない何かしようと思っているのだと思って、こっそり跡をつけてきた。杜真子とデートをするためだったのか」
と、毛超が言った。
「お、おまえと、杜、杜真子の仲は、そ、そんなに、熱いのか」
どもりの張達がそう言った。
「違うよ。おれと杜真子の関係がしっくりいっていないのは、おまえたちもよく知っているではないか。おれがおまえたちを途中ではぐらかしたのは、杜真子とデートをするためではない」
馬小跳がそう言った。
「そうか、それなら、どうして、ここに二人だけでいるのか?」
唐飛は追及の手を緩めなかった。
「ほかの人には知られたくない秘密の場所がこの近くにあるので、これからいっしょにそこへ行くためだ」
馬小跳がそう言った。それを聞いて唐飛が、けげんそうな顔をしながら
「おれたちと、おまえの間で、これまで隠し事は何もしなかったはずだ。それなのにどうして今度は、おれたちに知らせようとしないのだ?」
と言った。
「それは……」
馬小跳はそう言ってから杜真子の顔色をうかがっていた。
「わたしが知らせないように口止めしたから」
杜真子が馬小跳に代わって、そう答えていた。
「どうしてなのか?」
唐飛が杜真子に聞き返していた。
「多くの人に知られたら、せっかくの秘密の場所が秘密の場所ではなくなるからよ」
杜真子がそう答えていた。
「多くの人に知られるようになったら何か都合が悪いことでもあるのか?」
毛超がそう聞いた。
「そういうわけでもないけど、静かな場所が静かではない場所に変わるかもしれない。そうなったら、ゆっくりできなくなる」
杜真子がそう答えていた。
「そ、そうか。こ、公園のなかは、ほ、本来、し、静かな場所であるべきだ」
張達がそう言った。
「馬小跳、おまえも杜真子と同じように思っているのか?」
毛超が馬小跳に聞いていた。
「ぼくはおまえたちだけには知らせてもいいと思っている。でも杜真子がかたくなに許さないから」
馬小跳が申し訳なさそうに、そう言っていた。それを聞いて毛超が
「わかったよ。おまえの顔を立てて、今日はこれ以上、おまえの跡をついていかないことにする」
と答えていた。それからまもなく、唐飛と毛超と張達は、しぶしぶ去っていった。馬小跳はそのあと、洞窟のなかに入ってきて、持ってきた食べ物をぼくに与えてから、杜真子と学校でのできごとを話したり、洞窟のなかをきれいに掃除してから帰っていった。ぼくはそのあと地包天に食べ物を少し分けてやった。地包天がぼくに
「どうして杜真子と馬小跳は、ここを唐飛たちに知らせなかったのでしょうか?」
と聞いた。
「二人だけの秘密の場所にしておきたかったからだと思う」
と、ぼくは答えた。それを聞いて、地包天は合点がいかないような顔をしていた。
「多くの人に知られるようになったら、笑い猫はますます有名になるのに」
地包天がそう言った。ぼくはそれを聞いて
「ぼくは、有名になることを望んでいるわけではない。それよりも杜真子と馬小跳が二人だけの秘密を持つことで、心理的な距離が縮まって親密さが深まることを望んでいる」
ぼくは地包天にそう言った。
「わかったわ。杜真子と馬小跳の仲は、これまでしっくりいっていなかったから、二人だけの秘密を持つことで、気心が知れた、仲のよい、いとこ同士になってくれたらいいなと、わたしも思っているわ」
地包天がそう答えた。それからまもなく、日が暮れてきたので、地包天はうちへ帰っていった。