人になりたいと思ったサル

天気……夜がしらじらと明けてきたころ、モンキーが窓の外を見ながら「今日はきっとよい天気になるよ」と言った。モンキーの天気予報はよく当たる。実際、その通りだった。一日を通して晴れ間が広がり、雲はほとんど見られなかった。モンキーの天気予報を聞くのも、いよいよ今日が最後になった。

今朝の八時ごろ、馬小跳のお父さんが勤め先に電話を入れて、今日は急用ができたので仕事を休ませていただきたいと話していた。そのあとお父さんはレンタカー会社に電話を入れて十時頃、そちらへ出向くので車を一台貸してほしいと言っていた。馬小跳がお父さんに
「唐飛たちも連れていきたいから少し大きめの車を借りてきて」
とお願いしていた。
お父さんは九時ごろ、うちを出ていった。そのあと馬小跳は唐飛と毛超と張達と杜真子に次々と電話を入れていた。みんなはモンキーを動物園に連れていくものだとばかり思っていたので山に連れていくと聞いて意外に思っていた。山に連れていったら、もう二度とモンキーとは会えなくなるかもしれないと思って、みんな急いで馬小跳のうちへやってきた。十時半ごろ、馬小跳のお父さんが八人乗りのワゴン車を借りてきて、下の駐車場に止めてからうちへあがってきた。
それからまもなく、みんなでワゴン車に乗り込んで、いよいよ、うちを出て、山のほうへ向かっていった。ぼくもいっしょについていった。車の助手席には馬小跳が座り、ぼくをひざの上に乗せていた。二列目には杜真子と唐飛と張達が座り、後部座席には毛超がモンキーを抱えながら座っていた。ぼくはモンキーに、これから山へ連れていくことをまだ話していなかったので、どこかへ旅行に連れていってくれているのだと思って、モンキーは楽しそうな顔をしながら毛超に抱かれていた。
一時間ほど走ってから、車は市街地を抜けて、あたり一面、広い田畑が広がっている農村地帯に入ってきた。そのなかをしばらく走っていると、遠くにかすかに山が見えてきた。山はいくつも連なっていて山脈のようになっていた。
(もしかしたら、あそこがモンキーが、これまでずっと家族といっしょに住んでいたところかもしれない)
ぼくは馬小跳のひざの上で、そう思っていた。
それからさらに一時間ほど経って、車は舗装されていない、でこぼこの山道のうえを、がたがた揺れながら、さらに奥へと向かっていた。人家もほとんどなくて、あまりにも辺鄙(へんぴ)なところだったので、馬小跳たちは、だんだん口数も少なくなっていた。
「どこまで行くの?」
馬小跳がお父さんに聞いていた。するとお父さんが
「ここはまだ里山だから、もう少し先まで行ってから、サルを放そう」
と言った。それを聞いて馬小跳が
「この辺りでもいいのではないの?」
と聞いていた。するとお父さんが
「いや、だめだ」
と言って、首を横に振った。
「どうしてだめなの?」
馬小跳がけげんそうな顔をして聞き返していた。
「このサルは、ぼくたちのうちに来て、人の生活の楽しさを覚えたから、里山だと人家に降りてきて、人に迷惑をかけるかもしれないからだ」
お父さんがそう言った。それを聞いて、馬小跳はうなずいていた。
車はさらに三十分ほど走り、それ以上、車では行けないほど狭くて急こう配な山坂の前まできた。
「もうこれ以上は車で行くのは無理だから、これから先は歩いていくしかない」
お父さんがそう言った。
馬小跳たちはそれからまもなく車を降りて、息を切らしながら傾斜が険しい山坂を登っていった。ぼくは馬小跳に抱かれたまま登っていった。モンキーは毛超の背中にしがみついたまま離れないでいた。周りを見ると、あたりはうっそうとした樹木に覆われていて、日の光も地面までほとんど届かなかったから、昼とはいっても薄暗かった。森林のなかから時々、不気味な音が聞こえてきたので、得体のしれない獣がいて動いているようにも思えた。
三十分ほど険しい山坂を登ったあと、お父さんが
「もう、これくらいでいいだろう」
と言った。それを聞いて、馬小跳たちは、一様にほっとしたような顔をしていた。
お父さんはそれからまもなく、持ってきたかばんのなかからデジタルカメラを取り出して
「これからみんなで記念写真を撮ろう」
と言っていた。馬小跳がモンキーを抱えて真ん中に座り、馬小跳の右側にぼくを抱えた杜真子が座り、その横に唐飛が座った。馬小跳の左側には毛超と張達が座った。写真を撮り終えたあと、杜真子がモンキーの頭をそっとなでながら別れるのが辛そうな顔をしていた。それを見て、モンキーはようやく、自分がこれからここに置き去りにされそうだということに気がつき始めたように見えた。モンキーは置き去りにされないために、再び毛超の背中にしがみついて離そうとはしなかった。それを見て馬小跳のお父さんがかばんのなかからバナナを一本取り出して、高木の枝のほうに向かって力いっぱい投げた。バナナは木の枝にひっかかって、下に落ちてこなかった。それを見て、モンキーが毛超の背中からぱっと離れて木に登ってバナナを取りにいった。その瞬間を見計らって、馬小跳のお父さんが声をひきつらせながら
「今のうちに全力で逃げるのだ」
と言った。その声を聞いて馬小跳たちは一目散に走り始めた。ところがそれに気がついたモンキーはバナナを取りにいくのを途中でやめて引き返してきて、馬小跳たちのあとを追ってきた。馬小跳たちは後ろを振り返ることなく全力で逃げていたが、体が太っていて走るのが一番遅い唐飛がモンキーに追いつかれてしまった。モンキーは唐飛の足にからみついて前へ行かせなかった。それを見て馬小跳たちはそれ以上、逃げるのをあきらめるしかなかった。そのあと馬小跳のお父さんは、かばんのなかから、バナナをもう一本取り出して、バナナを手に持ったまま、背中をくるりと向けて少し離れたところに行った。しばらくしてから戻ってきて、そのバナナを今度は手渡しでモンキーにやっていた。モンキーはおいしそうに食べ始めた。ところがしばらくしてから、モンキーの様子に異変が生じた。目がとろとろとしてきて、そのあとばたりと倒れて前後不覚に陥ってしまった。それを見て馬小跳たちはびっくりしていた。
「お父さん、何をしたのですか?」
馬小跳がお父さんに聞いていた。
「バナナのなかに睡眠薬を入れた」
お父さんがそう答えていた。
「ど、どうして、そんなことをしたのですか?」
馬小跳が色を失っていた。
「よくないことはわかっていたが、サルが追ってこないようにするためには、これしかなかったから」
馬小跳のお父さんが申し訳なさそうな声でそう言っていた。それを聞いて馬小跳たちは言葉を失っていた。モンキーが追ってこないようにするためとは言っても、あまりにも無慈悲なことをしたように思っていたからではないだろうかと、ぼくは思った。馬小跳のお父さんがしたことを、ぼくも素直に認める気持ちにはなれないでいた。ぼくはこのときふっとモンキーが以前話したことを、思い出した。モンキーがサル使いの男にたぶらかされて町へ出てきたときも、睡眠薬が入ったバナナを、うっかり食べたばかりに前後不覚に陥ったみたいだったからだ。馬小跳のお父さんはけっして悪い人ではないが、睡眠薬を使ってサルを眠らせて自由を奪った点では、サル使いの男と同罪ではないかと、ぼくは思った。どのようなめぐりあわせなのか知らないが、モンキーは睡眠薬が入ったバナナと、よほど縁があるのだなあと、思わざるを得なかった。
ぐったりと横たわっているモンキーを見ながら、毛超が心配そうな顔をしながら
「このまま、ここに置いたまま帰っていっても大丈夫だろうか」
と言っていた。それを聞いて馬小跳のお父さんが
「大丈夫だよ。この山にはサルを襲うような動物はいないと思う」
と答えていた。杜真子が
「モンキーは何時間くらいたったら目が覚めますか」
と聞いていた。
「五時間くらいだと思う」
馬小跳のお父さんがそう答えていた。
「それまでモンキーのそばに付きそっていませんか」
杜真子がそう言っていた。すると馬小跳が不愉快そうな目で杜真子を見ながら
「何を言っているのだ。そうすればまた追ってくるではないか」
と言っていた。杜真子に同意する人はだれもいなかったので、それからみんなは後ろ髪を引かれるような思いでモンキーのそばから離れていった。
帰りの車のなかで、馬小跳たちはモンキーが目を覚ましたあとのことを、いろいろと話し合っていた。
「わたしたちがいなくなっているのがわかって、悲しくなって、涙を流すかもしれないわ」
杜真子がそう言った。すると馬小跳が、冷たくせせら笑いながら
「ふん、サルが涙を流すか?」
と言った。すると杜真子が
「サルは人に一番近い動物だから感情も人に近いと思うから、悲しいときは涙を流すかもしれないわ」
と答えていた。それを聞いて唐飛が
「ぼくもそう思う」
と答えていた。毛超が首を横に振った。
「おれはそうは思わない。目が覚めたら、おれたちのことは忘れて、家族を探しに行くのではないかと思っている」
毛超がそう言った。
「お、おれも、そう思う」
張達がそう答えていた。
モンキーが目を覚ましたあと、どうするかは、ぼくには見当もつかないが、自然のなかで楽しく過ごしていってくれることを心から望んでいた。