人になりたいと思ったサル

天気……朝、空が曇っていて、雷がごろごろと鳴っていた。雨が降るかと思っていたが、音が鳴るばかりで、雨はいっこうに降らなかった。お昼を過ぎると雷の音はやんで、晴れ間ものぞくようになった。

今日の朝早く、台所で悲鳴をあげたお母さんは、冷蔵庫の前で、わなわなと震えながら茫然自失の体(てい)で立ちすくんでいて、そのあと気を失って放心状態になっていた。冷蔵庫のとびらが開いていて、なかからサルのしっぽが見えているのを見て、お父さんも仰天(ぎょうてん)していた。
「ど、どうして、ここにサルがいるのだ?」
お父さんは、開いた口が塞がらないでいた。馬小跳がお父さんに
「ごめんなさい。ぼくが昨日、連れてきたのです」
と言って謝っていた。
「どうしてそんなことをしたのだ。どこから連れてきたのだ?」
馬小跳のお父さんが厳しい口調で馬小跳に問いただしていた。馬小跳はお父さんの顔色をうかがいながら、連れてきたわけを、ぼそぼそと説明していた。それを聞いてお父さんが
「勝手にそんなことをしてもらったら困る」
と言って、目くじらを立てていた。
「ごめんなさい。ぼくが悪かったです」
馬小跳はそう言って、素直に謝っていた。お父さんはそのあと、冷蔵庫のなかからサルの体をひっぱり出していた。サルの体は硬直していて意識はなかった。それを見て馬小跳は(モンキーは死んだのだ)と思って、わんわん泣きだしていた。馬小跳のお父さんがモンキーの胸のあたりに手を当てて心臓の鼓動を聞いていた。
「おっ、まだかすかに心臓が動いている」
お父さんがそう言ったので、それを聞いて馬小跳が泣きやんだ。
「ほ、本当ですか?」
馬小跳がお父さんに聞き返していた。
「本当だ。おまえもサルの胸に手を当ててみなさい」
お父さんがそう言ったので、馬小跳はモンキーの胸に手をそっと当ててみた。
「あっ、本当だ。確かに鼓動が聞こえる」
馬小跳はそう言ってから、ほっとしたような顔をしていた。
「まだ助かる見込みがあるかもしれないぞ」
お父さんがそう言ったので、馬小跳はうれしそうな顔をしていた。お母さんも、このときようやく正気を取り戻していた。馬小跳はそのあとお父さんに
「ぼくはこれからお湯を沸かすよ。あったかいお湯をかけて体を温めてあげたら意識を取り戻すかもしれない」
と言っていた。するとお父さんが首を横に振った。
「そんなことをしたら、かえってサルを死なせてしまう」
お父さんがそう言った。
「だったら、どうすればいいの?」
馬小跳がお父さんに聞いていた。
「マッサージをする」
お父さんがそう答えていた。お父さんはそのあとモンキーを抱えて、居間に置いてあるソファーの上に連れていってから、慣れた手つきでモンキーの体をゆっくりとマッサージしていった。するとそれまで硬直していたモンキーの筋肉が少し柔らかくなってくるのが分かった。皮膚の色もそれまでは血の気が失せて青白くなっていたのに、だんだんと赤みを帯びてくるのがわかった。ぼくはそれを見て、とてもうれしくなった。
「もう、大丈夫だ。サルはきっと助かるよ」
馬小跳のお父さんがそう言った。それを聞いて、馬小跳がお父さんに
「ありがとう。お父さんのおかげでモンキーは命拾いをすることができた」
と言って感謝していた。それからまもなくモンキーは、それまで閉じていたまぶたを開けた。それを見て馬小跳が
「やったー、生き返ったー」
と言って、飛び上がって喜んでいた。馬小跳のお父さんはそのあとお母さんに
「サルに生姜糖(しょうがとう)が入ったコーラを飲ませようと思うから、作ってくれないかな」
と言っていた。お母さんがうなずいて台所で作り始めた。生姜糖ができあがると、お父さんは冷蔵庫のなかからコーラの瓶を取り出してコップに注いでから、なかに生姜糖を入れてからモンキーの口のところに持っていって、スプーンで少しずつ飲ませていた。するとモンキーは体がだんだん温まってきて、それにともなって元気もだんだん回復していった。コップいっぱいの生姜糖入りのコーラを全部飲み終えると、モンキーは、うれしそうな顔をしながら
「ウイー」
と言った。モンキーが元気を取り戻したのは九死に一生を得たようなものだった。とは言っても、体がまだ完全にはもとにもどっていないと、お父さんは思ったので、馬小跳に掛け布団を持ってこさせて、ソファーの上で、モンキーをしばらく寝かせた。
お父さんは、そのあと馬小跳に
「ちょっと、こちらへ来なさい」
と言って、書斎に連れていった。これから、モンキーをどうするのかについて話しあうのに違いないと、ぼくは思った。ぼくは興味があったけど、ついていかないで、居間にいて、モンキーに付きそっていることにした。モンキーがぼくに、とろんとした目で
「ぼくはどうなったの?」
と聞いた。
「おまえは死にかけていたところを奇跡的に助かったのだ」
と、ぼくは答えた。するとモンキーが
「どうして死にかけていたの?」
と聞き返してきた。
「冷蔵庫のなかに入ったからだよ」
ぼくは冷たい視線でモンキーを見ながらそう言った。するとモンキーが
「暑くて寝苦しかったから、涼しいところで寝ようと思って」
と、少しも意に介さないで答えた。
「冷蔵庫のなかはものを入れるところであって、動物が入ってはいけないと、ぼくはおまえに言ったはずだよ。覚えていないのか?」
ぼくはモンキーに聞いた。するとモンキーが
「覚えているよ。でも冷蔵庫のなかに入ったら危ないとは言わなかったではないの」
と言って、自分の身勝手さは棚に上げて、逆にぼくのことを非難していた。ぼくはそれを聞いて、かちんときたが、気持ちをぐっと抑えて
「ともあれ助かったのは幸いだから、これからはもう絶対に冷蔵庫のなかに入らないことだ」
ぼくはそう言って、モンキーにくぎを刺した。
「わかったよ。そうするよ」
モンキーがそう答えていた。
「馬小跳のお父さんと馬小跳は今、書斎でおまえをこれからどうするかについて話し合っている」
ぼくはモンキーにそう言った。するとモンキーが
「ここにずっといることはできないの?」
と、真顔で聞いた。
「当たり前ではないか。人のうちにずっと住むわけにはいかない」
ぼくはそう答えた。するとモンキーが、けげんそうな顔をしながら
「イヌやネコは人のうちに住めるのに、ぼくはどうして人のうちに住めないの?」
と聞き返してきた。
「イヌやネコは愛玩動物だから人のうちに住めるけど、サルは野生動物だから人のうちに住めない」
ぼくはそう答えた。するとモンキーが
「同じ動物なのに、どうして違うの?」
と聞き返してきた。モンキーの質問攻めに、ぼくは閉口していた。ぼくはやむをえず法律の話を持ち出すしかなかった。
「愛玩動物は飼ってよいが野生動物は飼ってはいけないと法律で決まっているからだ」
ぼくはモンキーにそう答えた。するとモンキーが
「法律って何ですか?」
と聞いてきた。
「人が守らなければならない決まりだ」
と、ぼくはモンキーにそう答えた。するとモンキーが
「守らなかったらどうなるの?」
と聞いた。
「警察に捕まる」
ぼくはそう答えた。モンキーは警察のことを知らなかったが、捕まったら楽しくないことはわかっていたので、うなずいていた。
それからしばらくしてから、馬小跳のお父さんと馬小跳が書斎から出てくるのが見えた。どんな結論が出たのか知らないけど、いずれにせよ、そう長くないうちに、モンキーはこのうちから追い出されるのは間違いない。ぼくはそう思った。馬小跳のお父さんはそれからまもなく仕事に出かけていった。お母さんも、そのあと仕事に出かけていった。お父さんとお母さんが仕事に出かけていったあと、馬小跳は友だちの唐飛と毛超と張達や、いとこの杜真子に電話をかけていた。話の内容はほとんど同じで、モンキーが冷蔵庫のなかに入って危うく死にかけていたところを危うく助かったという話だった。これからモンキーをどうするかについては何も話していなかったので、まだ結論が出ていないのではないかと、ぼくは思った。