人になりたいと思ったサル

天気……朝、目が覚めてから外に出たら、空がどんよりと曇っていた。お昼前に、ぽつぽつと雨が降りだして、やがて本降りになり、お昼過ぎにはバケツをひっくり返したようなどしゃぶりの雨となった。雨は滝のような勢いで激しく降りそそぎ、外の景色が見えないほどだった。

朝早く、日がまだ昇らないうちに、ぼくはモンキーを連れて散歩に出た。外はまだ暗かったが、月も星も見えなかったので、空が厚い雲で覆われていることがわかった。空を見上げながらモンキーが
「今日はきっと大雨が降るよ」
と言った。モンキーの予想はテレビの天気予報よりも正確なくらいによく当たるので、そうかもしれないと、ぼくは思った。外の空気は湿気でむしむししていたが、うちへ帰ってくると、洞窟のなかは意外と涼しくて、湿気はそれほど感じなかった。洞窟の出入口の前にすだれのように垂れ下がっているかずらを左右に開いて外の景色を見ながら、ぼくはモンキーといっしょに朝ご飯を食べた。ぼくはキャットフードと干したハラミツと魚肉のでんぶを食べた。モンキーはとうもろこしを一本とピーナッツを十二個食べた。これらの食べ物はみんな杜真子が数日前にもってきてくれたものだ。
「あの子は今日もまた来るかなあ」
モンキーがそう言った。
「今日は天気が崩れそうだからどうかなあ」
ぼくは自信がなさそうな声でそう答えた。でもぼくの心配は杞憂に過ぎなかった。十時過ぎに杜真子がやってくるのが見えた。ぼくは急いで、洞窟のなかから飛び出して出迎えにいった。杜真子もぼくに気がついて駆け足で近づいてきた。ところがよく見ると杜真子の後ろに男の人影が見えた。三十メートルほどあとから、帽子を深くかぶって顔を隠しながら、こっそりと、あとをつけてきているように見えた。
(あっ、あの男に見覚えがある)
ぼくはそう思った。サル使いの男に間違いなかった。杜真子が馬小跳たちとぐるになって、サルを逃がすことに一役買ったことを覚えていて、あとをつけているのだと、ぼくは思った。このままでは杜真子が危ないし、サルが隠れている場所も知られてしまうと思ったので、ぼくは機転を利かせて、杜真子の横をするりと通り抜けて、サル使いの男のほうに向かっていった。杜真子は、けげんに思って後ろを振り返って、そのときに初めて、サル使いの男にあとをつけられていたことに気がついていた。
ぼくは目をぎらぎら光らせながら、ものすごい勢いでサル使いの男のほうに向かっていった。それに気がついて、サル使いの男は怖くなって、懸命に逃げ始めた。この前、ぼくに痛めつけられたのを覚えていて、とてもかなう相手ではないと思ったようだ。それでも、ぼくは今度も徹底的に追いかけていって尻にかみついたり、ジャンプして首の後ろにひっかき傷を作ってやった。そのためにサル使いの男は、ほうほうの体で逃げていった。サル使いの男が公園の外に出ていくまで、ぼくは執拗(しつよう)に追いかけていって攻撃の手を少しも緩めなかった。そのあとぼくは急いで杜真子がいるところまで戻ってきた。
「ありがとう、笑い猫のおかげで助かったわ」
杜真子がそう言って、ぼくを抱き上げて、いとおしそうに胸にしっかりと抱いてくれた。杜真子はそのあとぼくに口づけをしてくれた。ぼくは思わず、ぽおっとなって、うれしさが心のなかからこみあげてきた。
それからまもなく杜真子は、ぼくを片手で抱いて、もう片方の手に袋を二つさげて、洞窟のなかに入っていった。杜真子が洞窟のなかに入ってきたのを見て、モンキーがとてもうれしそうな顔をしていた。
「青い袋に入っているものは笑い猫用の食べ物。赤い袋に入っているものはサル用の食べ物。間違えないように食べてね」
杜真子がそう言ったので、ぼくはサルの言葉で、杜真子の言葉をモンキーに伝えた。するとモンキーがうなずいた。
それからしばらくしてから、馬小跳が唐飛たちを連れて洞窟のなかにやってきた。それを見て杜真子が不快そうな顔をしながら馬小跳を見ていた。
「ここは、わたしとあなただけの秘密の場所にしようと、あれほど言っていたのに、約束を反故にするとはひどいわ」
杜真子がそう言って、つむじを曲げていた。
「約束を守らなかったのは確かに悪い。でもみんなサルのことを心配していたから、ここにかくまっていることを、どうしても話さないわけにはいかなかったのだ」
と言って馬小跳が弁解していた。
「杜真子、おれたちを信用しろよ。おれたちは、けっして、ほかの人には話さないから、おまえが心配しているようなことにはならない」
唐飛がそう言った。
「わたしが何を心配しているのか知っているの?」
杜真子がそう聞いた。
「この洞窟のなかを笑い猫が静かに暮らせる場所にしたいのだろう?」
唐飛がそう答えた。
「そうだわ。そのとおりよ。多くの人に知られたら笑い猫が静かに暮らせなくなるから」
杜真子がそう答えた。
「今は笑い猫のほかにモンキーも住んでいるから、ここを知られたら大変なことになる。そうならないためにも、おれたちは絶対に人には話さない」
毛超がそう言った。それを聞いて杜真子が
「モンキー?」
と聞き返した。毛超がうなずいた。
「おれたちはこのサルのことをモンキーと呼ぶことにしたのだ」
毛超がそう答えていた。
「わかったわ。あなたたちの言うことを信用するわ。けっして、この洞窟のことや、ここにサルをかくまっていることを口外しないで」
杜真子がそう言った。
「わ、わかった。神に誓っても、おまえとの約束を守る」
張達がそう答えていた。
杜真子がそのあと馬小跳たちに
「サルにとってここも安全な場所とは言えなくなってきたわ」
と言って、さっき、サル使いの男にあとをつけられていたことを話した。
「わたしは全然気がつかないでいたけど、笑い猫が気がついて飛び出していって、追い払ってくれた。そうでなかったら今ごろは……」
と言った。それを聞いて馬小跳が
「そうか、おれたちも以前、あのサル使いの男にあとをつけられたことがあった。おれたちもあのとき、まったく気がつかないでいたが、笑い猫が気がついて飛び出していって、追い払ってくれたから、危うく、ここを知られないですんだ」
と言った。杜真子が顔の色を曇らせながら
「サルが見つかるのも時間の問題だわ」
と言った。
「そうだな。モンキーを一刻も早く、どこか別のところへ連れていかなければならない」
馬小跳がそう言った。
「でも、どこへ連れていけばいいの?」
唐飛がそう聞いた。
「動物園か、山のなかか、それとも……」
馬小跳が思案に暮れていた。
それからしばらくしてから、雨が降り始めた。最初は、それほど強くはなかったが、時間が経つとともに激しくなり、どしゃぶりの雨が洞窟のなかにも入ってきて、水浸しになった。杜真子がぼくを抱き上げてくれた。毛超がモンキーを抱き上げてくれた。
「雨が引くまで、笑い猫とモンキーをどこか別のところに連れていって避難させよう」
馬小跳がそう言った。
「そうだね。でもどこに連れていったらいいの?」
唐飛が聞いた。馬小跳たちはしばらく考えていたが、いい考えが浮かばないでいるように思えた。ぼくは以前、杜真子のうちに住んでいたので、杜真子のうちにもう一度行きたいと思っていた。でも杜真子のお母さんは、ぼくのことを嫌っていて、うちから追い出したから、ぼくのことを今でも嫌っているはずだ。杜真子が事情を話したら、しばらくの間はまた住めるかもしれない。でもモンキーを連れていくわけにはいかない。モンキーはどこに連れていったらいいのだろう。ぼくはそう思っていた。するとしばらくしてから馬小跳が、決然とした声で
「笑い猫とモンキーをおれのうちへ連れていく」
と言った。それを聞いて唐飛が心配そうな声で
「大丈夫か」
と聞いた。馬小跳がうなずいた。ぼくは馬小跳のうちのことも知っている。馬小跳のお母さんと杜真子のお母さんはきょうだいだから、杜真子が時々、ぼくを連れて馬小跳のうちへ遊びにいったことがあるからだ。馬小跳のお母さんと杜真子のお母さんはきょうだいとは言っても、性格はとても違っていて、馬小跳のお母さんは、杜真子のお母さんと違って、動物に対してとても優しい人だ。ぼくが行くたびに、いつもおいしいものを食べさせてくれるから、ぼくは馬小跳のお母さんが大好きだ。馬小跳のお父さんもユーモアがあって、おおらかな人だから、ぼくは馬小跳のお父さんも大好きだ。こんな温かいうちでしばらく過ごせたら、ぼくはうれしくてたまらないと思った。でも温かいうちとは言っても、モンキーのような野生動物をいっしょに住まわせてくれるだろうか。そもそも、うちのなかでサルを飼うことができるのかどうか、それもわからなかった。ぼくの不安な気持ちを読んだかのように唐飛が顔の色を曇らせながら
「モンキーを連れていけるのだろうか?」
と言った。それを聞いて馬小跳がしばらく考えてから
「ぼくの部屋のなかに閉じ込めて、部屋から外に出さないようにする」
と言った。するとそれを聞いて、唐飛が
「大丈夫かなあ。きっと見つかって、おまえのお母さんとお父さんは心臓が止まるほどびっくりすると思うよ」
と言った。
「だったら、モンキーをどこへ連れていったらいいのだ?」
馬小跳が不機嫌そうな顔をしながら、そう聞いていた。唐飛はしばらく考えてから
「やはり動物園か、山のなかに連れていくべきではないのか?」
と言った。すると馬小跳が
「いずれはそうしようと思っている。でもせっかく、おれたちは縁があって、モンキーと知り合ったのだから、しばらく人のうちに住まわせて、人の生活がどういうものなのかを見せてやろうと思っている」
と言った。それを聞いて毛超が
「おまえがそう思うのなら、そうしろよ」
と答えていた。馬小跳がうなずいていた。唐飛と張達も同意していた。杜真子は異を唱えた。
「馬小跳の気持ちがわからないこともないわ。でもサルを飼っていることがわかったら、きっと警察に捕まるわよ」
と、とげとげしい顔をしながら、そう言った。それを聞いて馬小跳は
「そのときは事情を話して一時的に保護しているだけのことを話すよ。きっとわかってもらえるよ」
と言って、杜真子の忠言を意に介さないでいた。
それからまもなく外を見ると、雨が小降りになっていたので、馬小跳たちは、ぼくとモンキーを連れて洞窟を出ることにした。杜真子は、ぼくの体が雨に濡れないように、ブラウスの上にはおっていたカーディガンを脱いで、ぼくの体にかけてくれた。馬小跳はレインコートをモンキーの体にかけてサルだとわからないようにしていた。張達はモンキーを背中におぶった。唐飛は傘を差して張達といっしょに歩いてモンキーの姿が外から見えないようにしていた。毛超はぼくとモンキーのためにもってきた食べものを手にもっていた。こうしてみんなの協力のもと、小雨にけむる公園のなかを、ぼくたちは人に怪しまれることなく、公園の外に出て、馬小跳のうちへ向かっていった。馬小跳のうちに着くと、馬小跳のお父さんとお母さんは、どちらもうちにいなかったので、馬小跳は、とがめられることなく、ぼくとモンキーを自分の部屋に入れることができた。馬小跳はそのあと部屋の内側からかぎをかけてモンキーが部屋の外に出ないようにしていた。お父さんとお母さんが帰ってきてから、馬小跳は、ぼくだけを部屋の外に出した。ぼくの姿を見て、馬小跳のお父さんとお母さんはとてもうれしそうな顔をしていた。
「おう、笑い猫か。久しぶりだなあ。元気にしていたか?」
馬小跳のお父さんは、そう言って、しゃがみこんで、ぼくの頭をなでてくれた。
「笑い猫、どこへ行っていたの。とても心配していたわ」
馬小跳のお母さんは、そう言って、ぼくを抱いてくれた。
「笑い猫は杜真子のうちを追い出されたあと、翠湖公園のなかにある洞窟のなかで暮らすようになった。ところが今日の大雨で洞窟のなかが水浸しになって住めなくなったので、ぼくのうちへ緊急避難させてきた」
馬小跳がそう答えて、ぼくをここへ連れてきたわけを説明していた。
「そうだったのか。水が引くまで、うちにしばらくいさせたらよい」
馬小跳のお父さんがそう答えていた。
「わたしは、これからキャットフードを買いにいってくるわ」
馬小跳のお母さんは、そう言ってから、うちの外へ出ていった。
馬小跳はモンキーのことは、お父さんとお母さんには、おくびにも出さなかった。