人になりたいと思ったサル

天気……今朝、目が覚めたあと、洞窟の外に出て、西の空を見たら、昨夜の月がまだ残っていて、月のまわりには、かさがかかっていた。

ぼくのうちでいっしょに暮らすようになったサルは日がたつにつれて、ぼくに対する警戒心を少しずつ解いていって、心を開いてくれるようになった。口もだんだん聞いてくれるようになった。昼間はサルを外に連れ出すことはできないから、日が昇る前のまだ暗い時間にサルを誘って、湖畔にそってしばらく散歩することが、最近のぼくの日課となった。月を見ながら、ぼくはサルに
「お月様は、ぼくとおまえが仲よく暮らすようになったのを見て、どう思っていらっしゃるだろうか」
と聞いた。するとサルが
「お月様の気持ちは、ぼくにはよくわからないけど、きっと、微笑ましく思いながら見ていらっしゃるのではないかなあ」
と答えた。ぼくはサルに
「『犬猿の仲』という言葉があって、犬とサルは仲が悪いという意味だけど、ぼくは犬ではなくて猫だから、おまえとうまくやっていけるのではないかと思っている」
ぼくはサルにそう言った。するとサルが
「そうあることを願っています」
と答えた。月のまわりにかさがかかっているのに気がついたサルが
「今日はきっと雨が降るよ」
と言った。それを聞いて、ぼくはサルに
「おまえは天気予報ができるのか」
と聞いた。するとサルが
「ぼくたち野生動物にとって天気を読むことは生きていくうえで、とても大切なことだから」
と、こともなげに答えた。それを聞いて、ぼくはサルに
「そうだったよね。おまえは自然のなかでくらしている野生動物だから、天気には敏感でなければ生きていけないよね」
と答えた。
「そうだよ。ぼくのうちは奥山のなかにあるから、自然現象を見て天気の予想をすることを生まれたときからお父さんやお母さんから教わっている」
サルがそう答えた。
「おまえは、これまでずっとお父さんやお母さんといっしょに暮らしてきたのか」
ぼくはサルに聞いた。するとサルが
「そうだよ。お父さんもお母さんも、ぼくのことを大切にかわいがってくれた。きょうだいもたくさんいて、毎日、いっしょに山のなかを駆けまわって楽しく暮らしていた」
サルがそう言った。サルの話を聞いて、ぼくは奥山にいたころのサルの生活の様子を思い浮かべて、自然と笑みがこぼれた。
「そうか。そんなに楽しい生活をしていたのか。うらやましいなあ」
ぼくはサルにそう言った。するとサルがそのあと
「楽しい生活は長くは続かなかった」
と、ぽつりと言った。サルはそのあと、町へ連れてこられるまでのいきさつについて話してくれた。
「今年の春、家族といっしょに山のなかで木の若葉や芽や花を食べてから、ぼくはひとりで里へ下りて食べ物を探していた。するとごみ箱のなかにバナナの皮が捨ててあったので、ぼくはそれを拾ってきて、おいしそうに、なめていた。するとそれからまもなく、男の人がぼくのところにやってきて、バナナの実をぼくに投げてくれた。親切な人がいるものだと思って感謝しながら、ぼくは、そのバナナの実を食べた。するとそのあと、その男の人は、ぼくにもう一本、バナナを投げてくれた。ぼくはうれしくなって、そのバナナも食べた。おなかがいっぱいになって、何だか眠くなってきたので、うとうとし始めた。そのあとのことはよく覚えていない。気がついたら、人のうちに閉じ込められていて、首にくさりが巻かれていて逃げられなかった」
サルがそう言った。
「その男の人というのは、おまえを虐待していた、あのサル使いの男か?」
ぼくはサルに聞いた。サルがうなずいた。ぼくはそれを見て、サルのこれまでのいきさつが、だいぶわかってきたように思えた。ぼくが想像するところによれば、サル使いの男は二本目のバナナのなかに睡眠薬を入れてサルを眠らせてから、外からは見えない袋に入れて、サルをうちへ連れていったように思えた。
「おまえが意識を取り戻したあと、サル使いの男はどうしたのか?」
ぼくはサルに聞いた。
「ぼくに、いろいろな動作をさせた。敬礼や、お辞儀や、投げキッスや、口をパクパクさせて歌っている真似などをさせた。輪くぐりや綱渡りや竹馬などもさせた。ぼくがいやがってしないと、むちでたたいたり、タバコの火を体に押し当てて、やけどをさせたり、食べ物を与えなかったりした」
サルがそう言った。それを聞いて、ぼくはサルがとてもかわいそうに思えた。サルはそのあとぼくに、やけどの跡を見せた。毛が焼け落ちて、皮膚が露出しているところがあった。それを見て、ぼくはとても痛々しく思った。
「人はどうして、こんなに残酷なことをするの?」
サルが聞いた。ぼくは一瞬、考えてから
「みんながみんな、悪い人ばかりとは限らない。人のなかにはいい人もたくさんいる」
と答えるしかなかった。実際、ぼくがこれまで出会った人のなかには、いい人が多かった。馬小跳や杜真子のような動物が大好きな人は言うまでもないが、それ以外の人たちも動物を虐待するような人は、これまであまり見たことがなかった。それを思うとサルは運が悪かったのだと思うよりほかはなかった。
「あのサル使いの男はお金儲けに目がくらんでいて、そのために良心を見失っていたのだ」
ぼくはサルにそう言った。するとサルが
「お金はそんなに大切なの?」
と聞いた。
「大切と言えば大切だが、世の中にはお金よりももっと大切なものがある」
ぼくはサルにそう言った。するとサルが
「それは何?」
と聞き返してきた。
「愛」
ぼくは胸を張って、そう答えた。
「愛?」
サルが、きょとんとしたような顔をして、そう言った。ぼくはうなずいた。
「愛がこの世の中で一番大切なもの。いろいろな愛があるが、動物への愛も、そのなかの一つ。あのサル使いの男には、それがない」
ぼくはサルにそう言った。するとサルが
「ぼくもそう思う」
と答えた。
ぼくはそのあとサルに、馬小跳たちが体を張ってサルを助けてくれたことを思い出させた。
「おまえを助けてくれた、あの子どもたちは、みんな動物愛にあふれているから、助けてくれた恩をけっして忘れるのではないぞ」
ぼくはサルにそう言った。するとサルが
「わかっているよ。けっして忘れない」
と答えた。サルはそのあと
「ぼくはこれからずっとここで暮らしていくことになるの?」
と聞いた。
「それは何とも言えない。おまえたちサルは、とても活発な動物だから、こんな洞窟のなかにじっとこもっていて、夜明け前のちょっとしか外に出られない暮らしには耐えられないと思う」
ぼくはサルにそう言った。するとサルが
「だったら、どうすればいいの。サル回しは、もう絶対にしたくない」
と言った。
「わかっているよ。子どもたちはもう、おまえを、あのサル使いの男に引き渡すことは絶対にしないはずだ」
ぼくはサルにそう言った。ぼくはそのとき、ふっと動物園のことを思った。以前、杜真子のうちで飼われていたときに、ぼくはテレビのニュースをよく見ていたが、町にひょっこり姿を現した野生の鹿が動物園に連れていかれたというニュースを見たことがあったからだ。サルに動物園のことを話すと知らなかったので、どんなところなのか教えてやった。するとサルが顔の色を曇らせながら
「おりのなかに閉じ込められるのは、いやだなあ」
と言った。
「わかるよ。でも動物園に行ったら、おまえが好きなバナナをたくさん食べさせてもらえるよ」
と、ぼくは言った。するとサルが
「バナナを食べたばかりに、ひどい目に遭ったから、ぼくはもうバナナを見るのもいやだ」
と言った。ぼくはそれを聞いて、思わず、くすくすと笑った。サルはよほどバナナに凝りているように思えた。サルがそのあと
「ぼくはやっぱり山のなかに帰って、お父さんやお母さんやきょうだいたちといっしょに暮らしたい」
と言った。それを聞いてぼくは
「そうか。それが一番いいかもしれないな」
と答えた。
話に夢中になっているうちに、空がだいぶ白みかけているのに気がついたので、ぼくはサルに
「人が来ないうちに、さあ、早くうちへ帰ろう」
と言って、急いで洞窟のなかに連れて戻っていった。