人になりたいと思ったサル

天気……今日は初夏のよい天気だ。日の光はまだそれほど強くなくて、ほろほろとこぼれるように大地に柔らかく降りそそいでいる。涼しい風も吹いていて、肌に心地よく感じられる。

サル使いの男に、まんまと逃げられたあと、ぼくはずっと悔しい思いをしていた。馬小跳たちも同じだと思う。今度見つけたら、ただではすまないからなと、馬小跳たちも思っているようだった。馬小跳たちは毎日、公園にやってきて、サル使いの男を探していた。ところがサル使いの男は、あれ以来、翠湖公園にしばらく姿を現さなかった。別のところで興行を始めたのかもしれないと思っていた。ところがそうではなかった。ほとぼりが冷めたころ、再び翠湖公園にやってきてサル回しの興行を始めた。それを知って、馬小跳たちは失敗を二度と繰り返さないという固い決意のもとで、ぼくが住んでいる洞窟に再びやってきて、サルを救出するための作戦会議を開いていた。
「昨日よい方法を思いついたので、それを話す」
馬小跳がそう言った。それを聞いて、唐飛たちが耳をそばだてていた。
「サルといっしょに記念写真を撮りたいと言ってサルに近づいてから、サルをひったくって逃げるのだ」
馬小跳がそう言った。それを聞いて唐飛が首を横に振った。
「そんなことは絶対に無理だよ。あいつは、おれたちの顔を知っているから、おれたちをサルに近づけるはずがないよ」
唐飛がそう答えた。それを聞いて馬小跳が
「顔を隠せばいいではないか」
と言った。
「どうやって隠すのだ?」
毛超がそう聞いた。
「黒いサングラスをかけて目を隠す。頭には帽子をかぶり、口にはマスクをする」
馬小跳がそう言ってから、持ってきたかばんのなかからサングラスと帽子とマスクを取り出して顔を隠した。
「どうだ。これで、おれがだれだか、わからないだろう?」
馬小跳がそう聞いていた。
「何を言っているのだ。おまえが馬小跳以外のだれだと言うのだ?」
毛超が取り合わなかった。
「それはおまえたちがおれのことを熟知しているからだ。あいつから見れば、おれがだれだか、わからないはずだ」
馬小跳がそう言った。
「そ、そうかもしれない」
張達がそう言った。
「おまえの、そのかっこうを見るとギャングのように見えるから、かえって警戒されるのではないかなあ」
唐飛が不安そうな顔をしながらそう言った。
「何を言っているのだ。おれはギャングではない。サルを助けようとしているだけだ」
馬小跳がそう言って一笑に付した。
「そうだな。おれたちは悪事を働こうとしているのではない」
毛超がそう言った。
「お、おれは足が速いから、サルを助けることができたら抱えて逃げるよ」
張達がそう言った。
それからまもなく馬小跳たちは一致団結して、サル使いの男が興行をしているところへ出かけていった。ぼくもあとからついていった。サル使いの男はこれまでは楠林の近くで興行をしていたが今日はブドウ園の近くで興行をしていた。ブドウはつる性の落葉低木で、夏のこの時季には青々とした葉が茂り、ブドウ棚の下を歩くと、日がさえぎられて涼しく感じるので、散策にやってくる人たちが多かった。その人たちを目当てにサル使いの男はお金儲けをたくらんでここに移動してきたのではないかと、ぼくは思った。
馬小跳たちはサル使いの男に気づかれないように、遠回りをしてからブドウ園のなかにそっと入り込んで、サル使いの男の一挙一動をじっと観察していた。サルが言うことを聞かないと、サル使いの男はこれまでと同じように、むちでたたいていた。馬小跳が
「まず、おれから行く」
と言って、ブドウ園のなかから出ていった。馬小跳は黒のサングラスをかけて帽子をかぶりマスクをしていたので、気づかれることはないと思って、臆することなくサル使いの男の前まで行ってから
「サルといっしょに写真を撮りたいです」
と言って、サル使いの男に十元を渡していた。ところがサル使いの男が
「そのかっこうではサルがびっくりして怖がるから写真は撮れない」
と言って、馬小跳がサルに近づくことを拒否した。
「帽子とサングラスを取れ。そうしたら写真を撮らせてやる」
サル使いの男がそう言った。馬小跳は従わないで、そのままのかっこうでサルに近づいていった。するとサル使いの男は激怒して、馬小跳がかぶっていた帽子と、かけていたサングラスを力づくで、はずした。その瞬間、サル使いの男が
「あっ、このガキには見覚えがあるぞ。この前、おれに付きまとってきた、あのガキだ」
と言った。そのあと続けざまに
「きさま、何をたくらんでいるのか。サルといっしょに写真を撮るふりをしてサルを奪って逃げるつもりか」
と言って、サル使いの男は鬼のような形相で馬小跳をにらみつけていた。剣幕に圧倒された馬小跳は、地面に投げ落とされた帽子とサングラスを拾ってから、とほほとした顔をしながら、唐飛たちがいるところへ戻ってきた。それを見て、唐飛が
「おまえは、まったくだめなやつだな。先陣を切って勢いよく飛び出していったまではよかったものの、結果がそのざまでは、どうしようもない」
と言った。それを聞いて馬小跳がむっとして
「それなら、おまえが行ってみろ」
と言った。唐飛がうなずいた。それからまもなく唐飛は馬小跳から帽子とサングラスを受け取ると、顔を隠して目に角を立てながらブドウ園のなかから突進していった。でも結果はやはり同じだった。馬小跳と同じように正体を見破られて逃げるよりほかなかった。
「きさまらは、ぐるになって、おれの商売を邪魔するつもりか」
サル使いの男はそう言って頭に湯気を立てながら唐飛を追いかけてきた。唐飛は懸命に逃げていたが、太っていて走るのが遅いので、追いかけてきたサル使いの男に後ろから尻を思い切り、飛び蹴りされていた。それを見て、馬小跳と毛超と張達が、弾かれたように一斉に飛び出してきて、サル使いの男と対峙(たいじ)していた。ぼくも一役買わなければと思って、のどの奥をごろごろ鳴らしながら不気味な声を出して威嚇(いかく)した。多勢に無勢で、とても太刀打ちできないと思ったサル使いの男は
「覚えていろ。今に痛い目に遭わせるからな」
と言って捨て台詞(ぜりふ)を残しながら、サルを連れて公園から出ていった。
サル使いの男を公園から追い出すことには成功したものの、サルを助け出すことはできなかったので、今回の戦いも、負けを認めざるを得なかった。そのためにぼくは、内心、じくじたる思いを感じていた。馬小跳たちも、たぶん同じだと思う。力づくでサルを助け出そうとしても、うまくいくものではないことを知って、ぼくは何か別の方法を考えなければならないのではないかと思った。ぼくはこのときふっと『北風と太陽』という話を思い出した。以前、杜真子が話してくれたことがあって、ぼくの琴線に触れる教訓だったので、ぼくはその話の内容を今でもはっきりと覚えている。北風がどんなに強く吹きつけて旅人のコートを吹き飛ばそうとしてもうまくいかなかったが、太陽が優しく微笑みかけたとたんに旅人はコートを脱いだという話だ。『柔よく剛を制す』というが、サル使いの男からサルを解放するためには、強さよりも優しさを用いて攻めるほうが、案外うまくいくかもしれないと、ぼくは思った。馬小跳たちがサルに近づこうとすると、サル使いの男は警戒の糸を緩めないで、ガードを固くしているが、男の子ではなくて、女の子がサルに近づいたら、警戒の糸を緩めて、そのときにサルを助けるためのすきが生じて、うまくいくかもしれないと、ぼくは思った。