20XX年、殺生石が割れた。
殺生石には、古くから語り継がれてきた有名な伝説がある。
『九尾の狐伝説』
本当なら、そんなものは大昔の妖怪話であり、創作の中の非現実的な存在だと頭では分かっている。
スマホを覗けば最新のニュースやSNSが流れる現代において、怪異なんて都市伝説の域を出ないはずなのだ。
それでも、実際に割れているって考えると怖くなる。今、九尾の狐は自由なわけで。
「ひぇぇ……怖いなぁ」
幽霊やオカルト系の話は一切信じない私―――稲成彩花はこの春から中学二年生になる、ごく普通の中学生。
……あ、ちなみに稲荷神社の『稲荷』じゃなくて、成る方の『稲成』だよ。
新学期のクラス替えや出席番号の確認のとき、苗字の漢字を言い間違えられるのは、物心ついてからの悲しいお約束だ。
(あれ、今度行く家族旅行ってどこだっけ?)
嫌な予感がして、台所で夜ご飯を作っていたお母さんに問いかける。
「お母さん、家族旅行ってどこだっけ?」
「栃木県よ〜」
『栃木』
殺生石は、栃木県那須町にある。
楽しみだった旅行が行きたくなくなってきた。
「な、なんで栃木なの……?温泉なら、ほら、箱根とか熱海とか、他にもいっぱいあるじゃん!」
「何を今さら。彩花が前に『美味しいギョウザが食べたい!』って騒いでたから、お父さんが張り切って那須と宇都宮のプラン組んだんじゃない。それに、那須高原の温泉は肌にもいいんですって」
「……でもさ、お母さん。殺生石って、知ってる?」
「え?ああ、あの有名な観光地の?学校で習ったの?」
「習ったっていうか……今日、割れたんだって。ニュースでやってた」
私の必死な訴えに、お母さんはトントンと刻んでいた包丁の手をふと止めた。
「あら、経年劣化かしらねぇ。何百年も外にあったら、そりゃ割れることもあるんじゃない?」
大人の理屈はいつだって正論だ。科学的だし、現実的。私だって、普段なら「だよね〜」と笑って流していたはずだった。
「そうじゃなくて!九尾の狐の封印が解けたんじゃないかって、ネットでみんな大騒ぎしてるの!」
「ふふっ、彩花は昔から怖がりねぇ」
お母さんはおかしそうに笑った。
「現代科学の時代に、妖怪なんているわけないじゃない。もし本物の狐が出たとしても、お父さんが追っ払ってくれるわよ」
「無理だって!素人のど自慢大会で鐘ひとつの人だよ!?」
思わずツッコミを入れたものの、お母さんは「はいはい、ご飯できるわよ」と全く取り合ってくれないかった。
✳✳✳
……ということで、時の流れは早いね。
「いや〜、楽しみだなぁ!」
「そうねぇ〜」
「……おん」
と、ノリが良すぎる両親とは対照的に、私は半分魂が抜けかけていた。
(うぅ……お茶が苦い)
那須町さえ行かなければ問題ない。……そう思っていたけれど、封印が解かれている今、栃木全体が危ないんじゃないか?
あ、これ終わったわ。
そう確信した私は、昨日の夜、一番仲が良い友達に遺書とも遺言ともとれる遺影風の自撮り付き文章を送りつけておいた。
既読がついてから『は?』と、もっともらしい反応を送られた。
「彩花ー、そんなに暗い顔してたら、せっかくの餃子が美味しくなくなっちゃうわよ?」
お母さんが新幹線のテーブルに箱入りの焼き菓子を置きながら能天気な声をかけてくる。
「春休みの旅行なんだ。楽しめ楽しめ〜」
お父さんはガイドブックを見ながらワハハと笑う。
新幹線は容赦なくスピードを上げ、どんどん栃木県へと近づいていく。
スマホの画面を見ると、さっきメッセージを送った友達から追撃のスタンプが届いていた。呆れた顔をした猫のスタンプだ。
『大げさすぎ。どうせならお土産でイチゴ買ってきて〜』
冷たい。冷たすぎる。友達の友情ってこんなに薄かったっけ!?
でも、ネット掲示板を開くと『黒い何かが見えた』『マジでこれあるやつじゃね?』なんて書き込みが多数見つかる。
デマかもしれないけれど、火のない所に煙は立たないっていうし……。
そうこうしているうちに、新幹線は目的地の駅に滑り込んだ。
「ほら行くわよ。お腹ペコペコでしょ?」
お母さんに背中を押され、私は重い足取りで改札へと向かった。
(神様、仏様、そしてご先祖様。どうかこの旅行中、九尾の狐に遭遇しませんように……!)
殺生石には、古くから語り継がれてきた有名な伝説がある。
『九尾の狐伝説』
本当なら、そんなものは大昔の妖怪話であり、創作の中の非現実的な存在だと頭では分かっている。
スマホを覗けば最新のニュースやSNSが流れる現代において、怪異なんて都市伝説の域を出ないはずなのだ。
それでも、実際に割れているって考えると怖くなる。今、九尾の狐は自由なわけで。
「ひぇぇ……怖いなぁ」
幽霊やオカルト系の話は一切信じない私―――稲成彩花はこの春から中学二年生になる、ごく普通の中学生。
……あ、ちなみに稲荷神社の『稲荷』じゃなくて、成る方の『稲成』だよ。
新学期のクラス替えや出席番号の確認のとき、苗字の漢字を言い間違えられるのは、物心ついてからの悲しいお約束だ。
(あれ、今度行く家族旅行ってどこだっけ?)
嫌な予感がして、台所で夜ご飯を作っていたお母さんに問いかける。
「お母さん、家族旅行ってどこだっけ?」
「栃木県よ〜」
『栃木』
殺生石は、栃木県那須町にある。
楽しみだった旅行が行きたくなくなってきた。
「な、なんで栃木なの……?温泉なら、ほら、箱根とか熱海とか、他にもいっぱいあるじゃん!」
「何を今さら。彩花が前に『美味しいギョウザが食べたい!』って騒いでたから、お父さんが張り切って那須と宇都宮のプラン組んだんじゃない。それに、那須高原の温泉は肌にもいいんですって」
「……でもさ、お母さん。殺生石って、知ってる?」
「え?ああ、あの有名な観光地の?学校で習ったの?」
「習ったっていうか……今日、割れたんだって。ニュースでやってた」
私の必死な訴えに、お母さんはトントンと刻んでいた包丁の手をふと止めた。
「あら、経年劣化かしらねぇ。何百年も外にあったら、そりゃ割れることもあるんじゃない?」
大人の理屈はいつだって正論だ。科学的だし、現実的。私だって、普段なら「だよね〜」と笑って流していたはずだった。
「そうじゃなくて!九尾の狐の封印が解けたんじゃないかって、ネットでみんな大騒ぎしてるの!」
「ふふっ、彩花は昔から怖がりねぇ」
お母さんはおかしそうに笑った。
「現代科学の時代に、妖怪なんているわけないじゃない。もし本物の狐が出たとしても、お父さんが追っ払ってくれるわよ」
「無理だって!素人のど自慢大会で鐘ひとつの人だよ!?」
思わずツッコミを入れたものの、お母さんは「はいはい、ご飯できるわよ」と全く取り合ってくれないかった。
✳✳✳
……ということで、時の流れは早いね。
「いや〜、楽しみだなぁ!」
「そうねぇ〜」
「……おん」
と、ノリが良すぎる両親とは対照的に、私は半分魂が抜けかけていた。
(うぅ……お茶が苦い)
那須町さえ行かなければ問題ない。……そう思っていたけれど、封印が解かれている今、栃木全体が危ないんじゃないか?
あ、これ終わったわ。
そう確信した私は、昨日の夜、一番仲が良い友達に遺書とも遺言ともとれる遺影風の自撮り付き文章を送りつけておいた。
既読がついてから『は?』と、もっともらしい反応を送られた。
「彩花ー、そんなに暗い顔してたら、せっかくの餃子が美味しくなくなっちゃうわよ?」
お母さんが新幹線のテーブルに箱入りの焼き菓子を置きながら能天気な声をかけてくる。
「春休みの旅行なんだ。楽しめ楽しめ〜」
お父さんはガイドブックを見ながらワハハと笑う。
新幹線は容赦なくスピードを上げ、どんどん栃木県へと近づいていく。
スマホの画面を見ると、さっきメッセージを送った友達から追撃のスタンプが届いていた。呆れた顔をした猫のスタンプだ。
『大げさすぎ。どうせならお土産でイチゴ買ってきて〜』
冷たい。冷たすぎる。友達の友情ってこんなに薄かったっけ!?
でも、ネット掲示板を開くと『黒い何かが見えた』『マジでこれあるやつじゃね?』なんて書き込みが多数見つかる。
デマかもしれないけれど、火のない所に煙は立たないっていうし……。
そうこうしているうちに、新幹線は目的地の駅に滑り込んだ。
「ほら行くわよ。お腹ペコペコでしょ?」
お母さんに背中を押され、私は重い足取りで改札へと向かった。
(神様、仏様、そしてご先祖様。どうかこの旅行中、九尾の狐に遭遇しませんように……!)



