子どもに愛されるピエロ

天気…この町は一年を通して雨がよく降る。特に夏場は雨が多くて、まるで梅雨のさなかのように、長雨が続き、空気がじっとりと湿っている。今朝も夜が明ける前に小雨が降っていた。うちのなかにいても、湿気が多くてじめじめしていた。

ぼくは目が覚めると、うちの入口に立って、小雨がしとしとと降っている空を眺めていた。すると雨音に混じって、オウムの悲しそうな鳴き声が聞こえてきた。スイカ―と離れ離れになって悲しくてたまらないでいるオウムの心中を察すると、ぼくはとてもせつなくなった。妻猫もそれからまもなく、うちの入口まで出てきて、オウムの悲しそうな声を耳にして、心を痛めていた。
「あー、何てかわいそうなのでしょう」
妻猫がそう言って、重いためいきをついていた。
「お父さん、スイカ―を解放するための何かよい方法がないかしら。うちの子どもたちも悲しくてたまらないと思うわ」
妻猫がそう言った。
「そうだね。サーカスで披露する技をスイカ―に教えてもらっていて、もっとたくさん教えてもらいたいと思っていた矢先だっただけに悲しくてたまらないと思う」
子どもたちの気持ちに思いをはせながら、ぼくは妻猫にそう言った。
「パントーもアーヤーもサンパオも、スイカ―のおかげで毎日、とても充実した生活が送られるようになったし、自分にしかない潜在能力を見いだして、それを伸ばしてくれるスイカ―の訓練に頑張っていたのにね」
妻猫がとても寂しそうな顔をしながら、そう答えた。
「そうだね。ぼくもわびしいよ」
ぼくは妻猫にそう言った。心のなかに湧いてきた辛い気持ちに、ぼくは耐えられそうになかったから、老いらくさんに会いに行って、何かよい方法がないかを相談しようと思った。
十時過ぎに、ぼくはうちを出て、老いらくさんを探しにいった。雨はあがって、空気がさわやかになり、木々や草花の緑が雨に洗われて、きらきらと光っていた。日も射してきたが、ぼくの気持ちは少しも明るくならなかった。
湖畔に沿ってしばらく歩いていると、向こうから地包天がやってきた。
「笑い猫のおにいさん、おはよう、きょうもこれから楠林のほうへ行って、練習を頑張るわ」
地包天がぼくに、いつものように明るい声でそう言った。それを聞いて、地包天はスイカ―が拘束されたことをまだ知らないのだと思って、ぼくは重々しい声で、スイカ―のことを話した。するとそれを聞いて地包天がびっくりしたような顔をしていた。
「そうだったの。ちっとも知らなかったわ。でもせっかく練習を始めたのだから、中途半端でやめるわけにはいかないわ。わたしは、これからやはり楠林の近くへ行って、ひとりで練習するわ」
地包天がそう言った。
「そうか。スイカ―はいつかきっとまた戻ってくると思うから、それまで、ひとりで地道に練習を続けるほうがいいかもしれないな」
ぼくは地包天にそう答えた。地包天がうなずいた。地包天は、そのあとぼくと別れて楠林のほうへ向かっていった。
それからしばらくしてから、向こうから老いらくさんが、せかせかした足取りでやってくるのが見えた。何かあったのだろうかと思って、ぼくは老いらくさんのほうに駆け寄っていった。
「老いらくさん、どうしたのですか」
ぼくは老いらくさんに声をかけた。すると老いらくさんが
「スイカ―は今はもう、サーカス小屋のなかにはいないようだ。どこかに連れていかれたようだ」
と言った。
「どこへ連れていかれたのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。すると老いらくさんが首を横に振った。
「わしにもさっぱり見当がつかない」
老いらくさんがそう答えた。
「そうでしたか。困りましたね」
ぼくは顔を曇らせながらそうつぶやいた。
「団員たちがサーカス小屋のなかで、話し合いを始めたので、もしかしたらスイカ―のことについて話すのではないかと思って、おまえに知らせに来たのだ」
老いらくさんがそう言った。
「そうでしたか。それはぜひ聞かなければなりません。教えにきてくださってありがとうございます」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
それからまもなく、ぼくと老いらくさんはサーカス小屋が設営されている梅園の近くまで駆けていった。小屋のなかをそっとのぞくと、観客席のいすの上に団員たちが座っていて、団長の話に耳を傾けているのが目に入った。このような光景をぼくはこれまで何度も見たことがあったので、特に目新しくは感じなかった。しかしこれまでの話し合いとは違って、今日は、団長が一方的に話しているだけで、団員は聞いているだけで発言する人はほとんどいなかった。それだけに内容の重大さを感じた。ぼくは団長の言葉を一言も聞き逃さないようにしなければと思って、耳をそばだてながら聞いていた。
団長の話が終わったあと、ぼくは老いらくさんに団長が話していたことの内容を伝えた。
「スイカ―を裁判に訴えるために、スイカ―を町のなかのある場所に連れて行って隔離していると言っていました。民事事件の訴訟を起こすことにして、訴状を裁判所に提出してきたので、裁判所がこれから審査するところだとも話していました」
ぼくは老いらくさんにそう伝えた。団長は、ほかにも何か話していたが、法律の言葉は難しくて、ぼくにはよく分からなかったので、それ以上のことは伝えることができなかった。ぼくの言葉を聞いて、老いらくさんが
「そうか、やはり以前、団長が話していたように裁判に訴えるつもりでいるのか」
と言って、ふっと重いためいきをついた。
「裁判を起こされてもスイカ―が負けるとは限らないから、落胆するのはまだ早いと思いますが……」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうかもしれないが、裁判に訴えられたスイカ―は不本意だろうなあ」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくもそう思います」
ぼくはそう答えた。
「裁判にはお金がかかるのだろう」
老いらくさんが聞いた。ぼくはうなずいた。
「裁判を起こすためには莫大なお金がかかります。原告も被告も同じです。敗訴しないために裏工作をすると、団長が言っていたので、そのことも気になりました」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうか、団長がそんなことを言っていたか。もしかしたら団長は裁判官や弁護士に賄賂を渡して、勝訴を得るために、秘かに動くかもしれない」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて憤慨した。
「今の世の中はお金がものを言う社会だと言っても、裁判の判決は、お金とは関係なく、あくまでも公平な立場から下されるべきです」
ぼくは断固としてそう言った。
「わしもそう思う。裁判官は良識に基づいて、どちらが正しいのかを客観的に判断すべきだし、裁判官も弁護士も絶対に賄賂を受け取るべきではない」
老いらくさんがそう言った。
「スイカ―は何も悪いことはしていないのだから、裁判を起こされるような理由は何もないのに、一体、どんな理由をつけて訴えようとしているのでしょうか。団長はそのことについては何も話していませんでした」
ぼくは老いらくさんにそう言った。すると老いらくさんが
「濡れ衣ではないか」
と言った。
「濡れ衣ですか」
聞きなれない言葉だったので、ぼくは老いらくさんに聞き返した。
「そう、濡れ衣。罪がないのに無実の罪を着せることを濡れ衣と言うのだ」
老いらくさんがそう説明してくれた。
「罪がないのに、どうして罪を着せるのですか」
ぼくにはわけがよく分からなかった。
「気に入らない人をおとしめるためだ」
老いらくさんがそう言った。
「そんなことをしたら、罪のない人がかわいそうではありませんか」
老いらくさんの説明を聞いても、ぼくは釈然としなかった。
「おまえの言うこともよく分かる。しかし人間の社会は複雑だから、自分にとって都合のいいように罪をでっちあげて、ほかの人をおとしめようとする人がたくさんいる。わしはこれまで長く生きてきてから無実の罪を着せられて、最後まで晴らせなかった人をたくさん見てきた」
老いらくさんが嘆き悲しみながら、そう言った。
「そうですか。スイカ―は絶対にそんな目に遭わせてはいけません」
ぼくは声を大にしてそう言った。
「わしも同じだ。何としてもスイカ―を不当な目に遭わせないようにしなければならない」
老いらくさんがそう言った。
「話し合いのなかで、団長はスイカ―を訴えることのほかに『子どもの日』の催し物についても話していました」
ぼくはそう言って話題を変えることにした。スイカ―のことばかりを話していると、話の内容がどうしても暗くなりがちだからだ。
「そうか。六月一日は、この国の『子どもの日』だから、気を利かして、子どもたちのために何か楽しいショーを企画しているのか」
老いらくさんがそう聞いた。
「その日に、子どもたちをサーカス小屋にたくさん呼んで、表彰式を見せることにすると団長が話していました」
ぼくは老いらくさんにそう答えた。すると老いらくさんが、けげんそうな顔をしながら
「何の表彰式だ?」
と、聞き返してきた。
「団員たちが、高尚で美しい演技を披露して、見る人の心を陶冶したことに対する表彰式だそうです」
ぼくはそう答えた。それを聞いて老いらくさんが
「そんな表彰式に子どもたちが集まるのだろうか」
と言った。
「集まるとは思えません。でもスイカ―がいなくなった今、子どもたちは両親に連れられて仕方なくやってくるかもしれません」
ぼくはそう答えた。
「見たくもないのに大人に連れられてやってくる子どもたちはかわいそうだな」
老いらくさんがそう言った。
「『子どもの日』には、スイカ―もきっと子どもたちのために何か面白い催し物を企画していたでしょうに、できなくなってさぞかし残念でしょうね。スイカ―は今ごろ、どこで何をしているのでしょうか。スイカ―が本当にかわいそうです」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「まったくそのとおりだ。楽しみにしていた子どもたちもかわいそうだ」
老いらくさんがそう言った。