天気……日ごとに暑くなってきたが、朝晩は涼しい風が吹いていて、その風に乗って、ジャスミンのかおりが、公園の隅々にまで広く運ばれている。花のかおりをかぐと一服の清涼剤が鼻からすーっと入ってきたように感じられて、とてもさわやかな気持ちになる。
ここ数日、梅園の近くから、オウムの寂しそうな鳴き声や悲歌が、ひんぱんに聞こえてきて、心が痛んで、ぼくの気持ちは鉛のように重く沈んでいった。スイカ―もけっして手をこまねいて見ているだけではなかったが、助けるすべを見いだせなくて考えあぐんでいるように思えた。
ぼくは老いらくさんと役割を分担して、オウムの様子を見にいったり、スイカ―がどうしているのかを、つぶさに観察することにした。老いらくさんはサーカス小屋の近くに隠れながら、オウムが入れられている鳥かごをじっと見ていて、何か変わったことがあったら、逐次、ぼくに知らせてくれることになっていた。この前、スイカ―が近くにやってきてオウムを逃がそうとして以来、鳥かごの周りの警備が厳重になっていて、スイカ―がなかなか近づけるすきがないことが分かった。ぼくは楠林のなかでスイカ―に張りついていた。スイカ―は動物たちに技の指導に当たる傍ら、その合間を見て、梅園の近くまでやってきて、木のかげからオウムに手を振って「いつか必ず助けてやるからな」と言って、目で合図を送っていた。
老いらくさんがあるとき、ぼくの近くにやってきて
「団員が今、オウムに何か新しい言葉を教えようとしているが、わしにはさっぱり分からないから、おまえ、ちょっと来てくれないか」
と言った。ぼくは気になったので、老いらくさんのあとについていった。ぼくたちが梅園の近くに着くと、副団長が手にむちを持って、オウムを脅しながら
「早く、助けに来て」
と、大きな声で何度も何度も、繰り返し言っているのが聞こえてきた。オウムはそれを聞いても真似はしないで黙っていたので、副団長は腹立たしそうな顔をしながら、むちをふりあげて、木の幹をぴしぴしっと、たたいていた。それを見て、オウムは怖気づいて、小さな声で
「早く、助けに来て」
と言っていた。それを聞いて、副団長は
「もっと大きな声を出せ」
と、腹に力をこめながら怒鳴るような声で言っていた。それを聞いてオウムが
「もっと大きな声を出せ」
と言った。それを聞いて、ほかの団員たちが、おかしそうに、くすくすと笑っていた。副団長も、くすっと笑ってから
「早く、助けに来て」
と、むちをふりあげながら怒鳴るような声で言った。オウムは仕方なく、少し大きな声で
「早く、助けに来て」
と言っていた。副団長が団員の一人に
「マイクとスピーカーを持ってこい」
と命令していた。
「分かりました。すぐ持ってきます」
団員はそう答えてから、サーカス小屋のなかからマイクとスピーカーを持ってきた。副団長はそのあと団員の一人を木に登らせて鳥かごを下におろして、オウムの口元にマイクを当ててから、手にむちを持って、鳥かごをぴしっとたたいてから
「早く、助けに来て」
と大声で言っていた。それを聞いてオウムは、怖くなって今度は大きな声で
「早く、助けに来て」
と言っていた。オウムの声はスピーカーを通して遠くまで響いていった。楠林のなかにいるスイカ―の耳にも、届いたのではないかと、ぼくは思った。やはりそのとおりだった。それからまもなく、スイカ―の姿がサーカス小屋の近くに現れた。助けを求めるオウムの悲痛な声を聞いて、居ても立ってもいられなくなったのかスイカ―が脱兎のごとくの勢いで走ってきた。オウムが鳥かごのなかにいて、そのそばで、むちをもった副団長がかごを、ぴしぴしとたたいているのを見て、スイカ―は副団長に
「やめてください。オウムには何の罪もありませんから」
と言っていた。それを聞いて副団長が
「オウムに罪はなくても、おまえには罪がある。おまえのせいで、我々の興行に多大な損害がもたらされたからだ。おまえの代わりにオウムにお仕置きをしているのだ」
と言った。それを聞いてスイカ―が
「何の罪もないオウムに濡れ衣を着せることはやめてください」
と言って哀願していた。スイカ―はそのあと副団長に
「どうしてオウムに『早く、助けに来て』という言葉を教えたのですか」
と聞いていた。すると副団長が
「おまえが助けにくると思ったから教えたのだ。オウムを見ておまえがどのようにするか見てみたいと思ったからだ」
と言った。
「そうですか。そういう魂胆だったのですか。分かりました。ではわたしはおとなしく拘束されます。でもその代わり、オウムを鳥かごから出してください」
スイカ―がそう言った。すると副団長が首を横に振った。
「それはできない。オウムはドル箱だから逃がすわけにはいかない」
副団長がそう言った。それを聞いてスイカ―が
「でもわたしはお金を払って、オウムをわたしの相棒にしました。オウムはわたしの大切なパートナーですから、わたしの言うとおりに鳥かごから出してください」
スイカ―がそう言っていた。
「いや、それは絶対にできない」
副団長が一歩も引かないのを見て、閉口したスイカ―は、すぐ横に団長が来ているのに気がついて
「団長の意見を聞かせてください」
と言っていた。すると団長はしばらく考えてから
「おまえは、本当に拘束されてもいいと思っているのか」
と聞いていた。
「もちろんです。『かごの中の鳥』という言葉がありますが、翼があっても飛べなかったらオウムは悲しくてたまらないと思います。見ていると胸が張り裂けそうになります。オウムの悲しさを思えば、拘束されるぐらい何でもないです」
スイカ―がそう答えていた。それを聞いて団長が心を動かされていた。
「分かった。おまえの気持ちをくんでオウムを解放することにする」
団長がそう言った。
「ありがとうございます」
スイカ―が、ほっとしたような顔をしながら、そう答えていた。
それからまもなく団員の一人が鳥かごを開けた。オウムはさっと飛び出した。でも遠くへ飛んでいくことはしないで、スイカ―の肩の上にとまって、じっとしていた。スイカ―がそれを見て、肩の上からオウムをおろして、手のひらに乗せて
「行っていいのだよ」
と優しい声で話しかけていた。『以心伝心』で言葉の意味を理解したのかどうか知らないが、オウムはそれからまもなく、スイカ―の手の上から飛び立って空のかなたに消えていった。
スイカ―はそのあとサーカス団の団員に身柄を拘束されて、サーカス小屋のなかにある狭いブースのなかに閉じ込められた。ぼくはそれを見て、とても悲しくなった。オウムを助けるためとは言え、自分の身を犠牲にしてブースのなかに閉じ込められたスイカ―の心情を思うと、平常な心ではいられなくなった。ぼくといっしょに一部始終を見ていた老いらくさんも顔を曇らせながら
「何と悲しいことだろう。でも悲しんでばかりいてもしかたがない。いずれこうなることは分かっていたし、スイカ―はオウムを解放できたことで、むしろ、ほっとしているのではないだろうか」
と言った。それを聞いて、ぼくは
「確かにそうかもしれません。しかしそれでも、ぼくはやはりとても悲しいです。子どもたちが楽しみにしているスイカ―のショーはもう見られなくなるかもしれません。ショーに参加する動物たちも、スイカ―から技を習う機会を奪われてしまいました」
ぼくは、そう言って胸のなかに湧いてきたやりきれない思いを老いらくさんに吐露した。
「おまえの気持ちがよく分かるよ。でも嘆いてもしかたがないから、成り行きに任せるしかないよ」
老いらくさんがそう言った。
「そうですね。スイカ―は何も悪いことをしていないから、いつかきっとそう遠くない将来、拘束を解かれて自由の身になる日がきますよ」
ぼくはそう言って、自分自身を励ましていた。
ここ数日、梅園の近くから、オウムの寂しそうな鳴き声や悲歌が、ひんぱんに聞こえてきて、心が痛んで、ぼくの気持ちは鉛のように重く沈んでいった。スイカ―もけっして手をこまねいて見ているだけではなかったが、助けるすべを見いだせなくて考えあぐんでいるように思えた。
ぼくは老いらくさんと役割を分担して、オウムの様子を見にいったり、スイカ―がどうしているのかを、つぶさに観察することにした。老いらくさんはサーカス小屋の近くに隠れながら、オウムが入れられている鳥かごをじっと見ていて、何か変わったことがあったら、逐次、ぼくに知らせてくれることになっていた。この前、スイカ―が近くにやってきてオウムを逃がそうとして以来、鳥かごの周りの警備が厳重になっていて、スイカ―がなかなか近づけるすきがないことが分かった。ぼくは楠林のなかでスイカ―に張りついていた。スイカ―は動物たちに技の指導に当たる傍ら、その合間を見て、梅園の近くまでやってきて、木のかげからオウムに手を振って「いつか必ず助けてやるからな」と言って、目で合図を送っていた。
老いらくさんがあるとき、ぼくの近くにやってきて
「団員が今、オウムに何か新しい言葉を教えようとしているが、わしにはさっぱり分からないから、おまえ、ちょっと来てくれないか」
と言った。ぼくは気になったので、老いらくさんのあとについていった。ぼくたちが梅園の近くに着くと、副団長が手にむちを持って、オウムを脅しながら
「早く、助けに来て」
と、大きな声で何度も何度も、繰り返し言っているのが聞こえてきた。オウムはそれを聞いても真似はしないで黙っていたので、副団長は腹立たしそうな顔をしながら、むちをふりあげて、木の幹をぴしぴしっと、たたいていた。それを見て、オウムは怖気づいて、小さな声で
「早く、助けに来て」
と言っていた。それを聞いて、副団長は
「もっと大きな声を出せ」
と、腹に力をこめながら怒鳴るような声で言っていた。それを聞いてオウムが
「もっと大きな声を出せ」
と言った。それを聞いて、ほかの団員たちが、おかしそうに、くすくすと笑っていた。副団長も、くすっと笑ってから
「早く、助けに来て」
と、むちをふりあげながら怒鳴るような声で言った。オウムは仕方なく、少し大きな声で
「早く、助けに来て」
と言っていた。副団長が団員の一人に
「マイクとスピーカーを持ってこい」
と命令していた。
「分かりました。すぐ持ってきます」
団員はそう答えてから、サーカス小屋のなかからマイクとスピーカーを持ってきた。副団長はそのあと団員の一人を木に登らせて鳥かごを下におろして、オウムの口元にマイクを当ててから、手にむちを持って、鳥かごをぴしっとたたいてから
「早く、助けに来て」
と大声で言っていた。それを聞いてオウムは、怖くなって今度は大きな声で
「早く、助けに来て」
と言っていた。オウムの声はスピーカーを通して遠くまで響いていった。楠林のなかにいるスイカ―の耳にも、届いたのではないかと、ぼくは思った。やはりそのとおりだった。それからまもなく、スイカ―の姿がサーカス小屋の近くに現れた。助けを求めるオウムの悲痛な声を聞いて、居ても立ってもいられなくなったのかスイカ―が脱兎のごとくの勢いで走ってきた。オウムが鳥かごのなかにいて、そのそばで、むちをもった副団長がかごを、ぴしぴしとたたいているのを見て、スイカ―は副団長に
「やめてください。オウムには何の罪もありませんから」
と言っていた。それを聞いて副団長が
「オウムに罪はなくても、おまえには罪がある。おまえのせいで、我々の興行に多大な損害がもたらされたからだ。おまえの代わりにオウムにお仕置きをしているのだ」
と言った。それを聞いてスイカ―が
「何の罪もないオウムに濡れ衣を着せることはやめてください」
と言って哀願していた。スイカ―はそのあと副団長に
「どうしてオウムに『早く、助けに来て』という言葉を教えたのですか」
と聞いていた。すると副団長が
「おまえが助けにくると思ったから教えたのだ。オウムを見ておまえがどのようにするか見てみたいと思ったからだ」
と言った。
「そうですか。そういう魂胆だったのですか。分かりました。ではわたしはおとなしく拘束されます。でもその代わり、オウムを鳥かごから出してください」
スイカ―がそう言った。すると副団長が首を横に振った。
「それはできない。オウムはドル箱だから逃がすわけにはいかない」
副団長がそう言った。それを聞いてスイカ―が
「でもわたしはお金を払って、オウムをわたしの相棒にしました。オウムはわたしの大切なパートナーですから、わたしの言うとおりに鳥かごから出してください」
スイカ―がそう言っていた。
「いや、それは絶対にできない」
副団長が一歩も引かないのを見て、閉口したスイカ―は、すぐ横に団長が来ているのに気がついて
「団長の意見を聞かせてください」
と言っていた。すると団長はしばらく考えてから
「おまえは、本当に拘束されてもいいと思っているのか」
と聞いていた。
「もちろんです。『かごの中の鳥』という言葉がありますが、翼があっても飛べなかったらオウムは悲しくてたまらないと思います。見ていると胸が張り裂けそうになります。オウムの悲しさを思えば、拘束されるぐらい何でもないです」
スイカ―がそう答えていた。それを聞いて団長が心を動かされていた。
「分かった。おまえの気持ちをくんでオウムを解放することにする」
団長がそう言った。
「ありがとうございます」
スイカ―が、ほっとしたような顔をしながら、そう答えていた。
それからまもなく団員の一人が鳥かごを開けた。オウムはさっと飛び出した。でも遠くへ飛んでいくことはしないで、スイカ―の肩の上にとまって、じっとしていた。スイカ―がそれを見て、肩の上からオウムをおろして、手のひらに乗せて
「行っていいのだよ」
と優しい声で話しかけていた。『以心伝心』で言葉の意味を理解したのかどうか知らないが、オウムはそれからまもなく、スイカ―の手の上から飛び立って空のかなたに消えていった。
スイカ―はそのあとサーカス団の団員に身柄を拘束されて、サーカス小屋のなかにある狭いブースのなかに閉じ込められた。ぼくはそれを見て、とても悲しくなった。オウムを助けるためとは言え、自分の身を犠牲にしてブースのなかに閉じ込められたスイカ―の心情を思うと、平常な心ではいられなくなった。ぼくといっしょに一部始終を見ていた老いらくさんも顔を曇らせながら
「何と悲しいことだろう。でも悲しんでばかりいてもしかたがない。いずれこうなることは分かっていたし、スイカ―はオウムを解放できたことで、むしろ、ほっとしているのではないだろうか」
と言った。それを聞いて、ぼくは
「確かにそうかもしれません。しかしそれでも、ぼくはやはりとても悲しいです。子どもたちが楽しみにしているスイカ―のショーはもう見られなくなるかもしれません。ショーに参加する動物たちも、スイカ―から技を習う機会を奪われてしまいました」
ぼくは、そう言って胸のなかに湧いてきたやりきれない思いを老いらくさんに吐露した。
「おまえの気持ちがよく分かるよ。でも嘆いてもしかたがないから、成り行きに任せるしかないよ」
老いらくさんがそう言った。
「そうですね。スイカ―は何も悪いことをしていないから、いつかきっとそう遠くない将来、拘束を解かれて自由の身になる日がきますよ」
ぼくはそう言って、自分自身を励ましていた。

