天気……気温が日ごとにあがってきた。公園のなかに咲いているバラは明け方はまだつぼみのままだったが、気温があがるにつれてだんだん開いていって、お昼過ぎには、かぐわしいかおりが辺り一面にぷんぷんと漂っていた。公園のなかにある石畳の道の上を歩いていると、太陽の光が当たって石が熱くなっているように感じた。
『夏の花のように美しい』という言葉があるが、照りつける太陽をものともせずに元気よく咲いている花を見ると、生命力にあふれた自然の美しさを感じる。夏の花の代表格といえばヒマワリだが、ヒマワリに限らず、夏の時季に咲いている花を見ていると、ぼくも元気をもらって暑さに負けないで頑張らなければという気持ちが自然と湧いてくる。
朝の十時ごろ、湖畔に沿ってしばらく歩いていると、向こうから地包天がやってくるのが見えた。
「笑い猫のおにいさん、暑くなってきたね」
地包天がそう言った。
「そうだね。健康にはくれぐれも気をつけて、夏バテしないように注意しよう」
ぼくは地包天にそう言った。
「そうですね。熱射病にならないように気をつけましょう」
地包天がそう答えた。地包天は、そのあと鼻をくんくんいわせながら、においをかいでいた。
「あっ、バラのかおりがする」
地包天がそう言った。
「そうか。ぼくにはバラのかおりは感じられないけどな」
空気中に漂っているにおいをかぎながら、ぼくはそう言った。
「わたしには感じられるわ。わたしのほうが、笑い猫のおにいさんよりも、においに敏感なのかしら」
地包天がそう言った。それを聞いて、ぼくは少しむっとしながら
「さっきまでは、ぼくにも感じられていたよ。でも今はおまえの口のなかから漂ってくるニンニクのにおいにかき消されて、バラのかおりが感じられなくなったのだ」
と言った。それを聞いて地包天が申し訳なさそうな顔をしながら
「ごめんなさい。今朝はまだにおい消しのチューインガムをかんでいなかったから」
と言った。
「そうか。だったら仕方がないな。バラが咲いているところに行って、花のかおりをたくさんかいできなさい。そうすればニンニクのにおいは消えるはずだから」
ぼくは地包天にそう言った。すると地包天が複雑な顔をしながら
「確かにそうかもしれないけど、バラの枝にはとげがあるから近くに行くことはできないわ」
と言った。とげに刺されるのを怖がっているようだった。
「バラはあんなにかおりがよいし、花の蜜も甘いのに、どうして、とげなんかがあるのかしら」
地包天が不満そうな顔をしながら、そう言った。
「自分の身を守るためだよ」
ぼくは地包天にそう言った。
「魅力にあふれる花だから、多くの虫や動物たちが近寄ってこようとするので、とげがあることでやたらに近づけないで、バラ特有の気品を保っているのだ」
ぼくは地包天にそう説明した。それを聞いて地包天がうなずいていた。
「でもやっぱり笑い猫のおにいさんに不快な思いをさせないためにも、わたしはバラのかおりをたくさんかぎたいわ」
地包天がそう言った。それを聞いて、ぼくは
「分かった。これからいっしょにバラが咲いているところに行こう」
と答えてから、花壇のなかに行って、とげに刺されないように気をつけながら、バラの枝を爪で手前にぐっと引き寄せてから地包天に、においをかがせた。
「ありがとう」
地包天はそう答えてから、鼻や口からバラのにおいをたくさん吸い込んでいた。
「どう、これでニンニクのにおいはしなくなったでしょう」
地包天がそう聞いた。ぼくは地包天の口に鼻を近づけて、においをかいだ。
「いや、まだにおうよ。もっとたくさんかぎなさい」
ぼくはそう言って、さらににおいをかがせ続けた。しばらくしてから地包天がまた
「今度はもうにおわないでしょう」
と聞いた。ぼくは再び地包天の口に鼻を近づけて、においをかいだ。
「うん、今度は大丈夫だ。ニンニクのにおいはしないよ」
ぼくは地包天にそう言った。それを聞いて地包天が、ほっとしたような顔をしていた。
「笑い猫のおにいさん、この前、おにいさんがわたしに言った約束のことを覚えている?」
地包天が唐突にそう聞いた。
「どんな約束をしたかなあ」
ぼくはすぐには思い出せなかったので、小首をかしげていた。
「忘れたの。いつか機会を見て、わたしをスイカ―と引き合わせるって言っていたじゃないの」
地包天がそう言った。
「ああ、思い出した。確かにそんな約束をした」
ぼくはそう答えた。
「今日、これから楠林へ行かない?」
地包天がそう言った。
「これから?」
ぼくはびっくりして聞き返した。
「そう、これから」
地包天がそう答えた。
「今日は天気がよいから、楠林のなかで森林浴をすることもできるし、スイカ―に会えたら一石二鳥ではないの」
地包天がそう言った。地包天は行く気が満々だったから
「分かった。ではこれからいっしょに楠林のなかへ行こう」
ぼくはそう答えるよりほかはなかった。
それからしばらくしてから、ぼくと地包天は楠林の入口に着いた。楠林のなかや、その近くで、ぼくの子どもたちが、スイカ―の指導のもとで技の練習に励んでいた。スイカ―の頭の上には今日もまたオウムがいなかったので、ぼくはオウムのことをとても気がかりに思っていた。ぼくの気がかりをよそに、ぼくの子どもたちは懸命に練習に打ち込んでいた。アーヤーはムササビ飛びの要領で、木から木に巧みに飛びわたっていた。パントーは楠林の先にある広場で一輪車に乗りながら、くるくると回っていた。サンパオは皿回しの練習をしていた。ぼくの友だちである黒旋風の子どもたちもいて、後ろ宙返りの練習をしていた。
「みんなこのようにして、日ごろ一生懸命練習しているから、努力が実って、子どもたちから盛大な拍手と歓声を送られているのだ」
ぼくは地包天にそう言った。すると地包天が
「頑張れば、努力は報いられるということですね」
と言った。それを聞いて、ぼくは
「『种瓜得瓜,种豆得豆』だよ」
と言った。
「何、それ?」
地包天が耳慣れない言葉を耳にして聞き返してきた。
「ウリを植えればウリがとれ、マメを植えればマメがとれるということだ」
ぼくはそう答えた。すると地包天が、しばらく考えてから
「したことには、それに相応した結果が得られるという意味ですか」
と、聞き返してきた。
「そうだよ。そのとおりだよ」
ぼくはそう答えた。地包天はいつもは物分かりがあまりよくない犬だが、今日は珍しく、ことわざの意味をよく理解していたので、ぼくは地包天をほめてやった。すると地包天が照れくさそうな顔をしていた。
「おまえは本当に、ぼくの子どもたちのように一生懸命練習して、いつかステージの上にあがって技を披露して、拍手喝さいや歓声を浴びたいと思っているのか」
ぼくは地包天に聞いた。すると地包天が
「もちろんですよ。毎日、その場面を夢に見ているの」
と答えた。
「そうか、けっして甘くはないぞ。苦い経験を何度もしなければならない」
ぼくは地包天にそう言った。すると地包天が
「わたしは甘いものが好きだから苦いものはちょっと……」
と言って、口ごもっていた。それを聞いて、ぼくは地包天に
「そんな意味で言っているのではない。辛い経験を毎日しなければならない。けっして
一朝一夕にできることではないと言っているのだ」
ぼくは地包天にそう言った。それを聞いて地包天がうなずいた。
「分かったわ。辛いのは本当はいやだけど、どんなに辛くても弱音を吐かないで夢の実現に向けて頑張るわ」
地包天が目を輝かせながら、そう答えた。
「分かった。ではおまえをスイカ―に紹介することにする」
ぼくは地包天にそう言った。
ぼくの話にうなずいてから、地包天は、目の前で繰り広げられている動物たちの練習風景を興味深そうに見ていた。
「いつかわたしも、このような技ができますように」
地包天がそう言って、自分を励ましているのが聞こえた。
しばらくしてから練習の休憩時間に入ったので、そのときを見計らって、ぼくは地包天をスイカ―のすぐ前まで連れていった。地包天は、ぺこぺことお辞儀をしてスイカ―に気に入られようとしていた。それを見て、スイカ―が
「かわいい犬だな。この犬も何か技を身につけたいと思っているのだろうか」
と言ってから、地包天の体をあちこち見ていた。
「かわいいけども、すこし太っているから、技を身につけさせるためには減量しないといけないな」
スイカ―がそう言ったので、ぼくは地包天にスイカ―の言葉を通訳して伝えた。すると地包天が複雑な顔をしながら
「分からないこともないわ。でもわたしの飼い主さんは、やせている犬よりも太っている犬のほうが好きだから……」
と言った。
「だったらどうするのだ。減量するのか、しないのか」
ぼくは地包天に聞いた。すると地包天はしばらく考えてから
「する」
と、自信がなさそうな声で、ぼそぼそと答えていた。それを聞いて
「だったらこうしなさい。うちではこれまでよりも控えめにご飯を食べて、ここに来たらたくさん訓練をしなさい。そうすれば体重も減っていくと思う」
ぼくは地包天にそう提案した。
「分かったわ。そうすることにするわ」
地包天がそう答えていた。
スイカ―がそのあと、何を思ったのか、いきなり両手を地面につけて、足を上にあげて、地包天をびっくりさせていた。ぼくはそれを見て
「これは逆立ちという技だ」
と地包天に説明した。
「スイカ―は、おまえにこの技を習得させようとしているようだ。できそうか」
ぼくは地包天にそう聞いた。すると地包天が
「後ろ足だけで立つことはできる」
と言った。それを聞いて、ぼくは笑った。
「それは技のうちには入らない。どんな犬だってできる。ステージの上にあがって、拍手と歓声を浴びるためには前足だけで立ち上がらなければならない。できそうか」
ぼくはもう一度、地包天に聞いた。すると地包天が、ぼそぼそとした声で
「わたしにはできそうにない」
と言った。それを聞いて、ぼくは地包天に
「初めは誰だって難しく感じるだろうし、できそうにないように思えるかもしれない。でも練習したらできるようになる。練習する気はあるか」
と聞いた。すると地包天はしばらく考えてから
「練習してみます」
と殊勝に答えていた。
「それでこそ、ぼくの友だちだ」
とぼくは答えた。
スイカ―は三分ぐらい逆立ちをして、そのあと地包天の後ろ足をつかんで前足だけを地面につかせて逆立ちをさせようとしていた。でもスイカ―が手を放すと地包天は疲れてすぐに倒れていた。地包天は太っているので、前足だけで地面を支えるのは難しそうに思えた。逆立ちは太っていないぼくでもできない技なので、ぼくは地包天の先行きに不安を感じた。でも地包天は、さっき、どんなに辛くても弱音を吐かないと言っていたから、ぼくはその言葉を信じて、地包天の練習を見守っていた。
それからしばらくしてからスイカ―は再び、ぼくの子どもたちや、ぼくの友だちである黒旋風の子どもたちに技の訓練をするために、地包天のそばから離れていった。ぼくは地包天に
「疲れただろう」
と気遣ってあげた。すると地包天が、息を弾ませながら、
「疲れたなんていうものではないわ。もうこれ以上、前足には力が入らないほど、くたくたになっています」
と言った。
「そうか。でもまだ練習は始まったばかりだぞ。本当に続けていけるのか」
ぼくは地包天に聞いた。
「やるしかないわ。そのうちに、少しずつ慣れていくだろうから」
地包天がそう答えた。
「今は練習するのは辛いだけだろうけど、逆立ちができるようになったら楽しく感じるようになると思うので、今はひたすら我慢するだけだよ。どんなに苦しくても頑張れ」
ぼくはそう言って地包天を励ましてやった。
「分かっているわ。わたし、頑張るわ」
地包天がそう答えた。それからまもなく、ぼくと地包天は楠林を離れて、うちへ帰ることにした。地包天の前足は、本当に力が入らなくなっていて、後ろ足だけで、ふらふらしながら歩いているように見えた。公園から出て、飼い主さんのうちがあるほうへ帰っていく地包天の後ろ姿を見ながら、明日はまた楠林のなかに練習に来ることができるだろうかと思って、少し心配になった。
『夏の花のように美しい』という言葉があるが、照りつける太陽をものともせずに元気よく咲いている花を見ると、生命力にあふれた自然の美しさを感じる。夏の花の代表格といえばヒマワリだが、ヒマワリに限らず、夏の時季に咲いている花を見ていると、ぼくも元気をもらって暑さに負けないで頑張らなければという気持ちが自然と湧いてくる。
朝の十時ごろ、湖畔に沿ってしばらく歩いていると、向こうから地包天がやってくるのが見えた。
「笑い猫のおにいさん、暑くなってきたね」
地包天がそう言った。
「そうだね。健康にはくれぐれも気をつけて、夏バテしないように注意しよう」
ぼくは地包天にそう言った。
「そうですね。熱射病にならないように気をつけましょう」
地包天がそう答えた。地包天は、そのあと鼻をくんくんいわせながら、においをかいでいた。
「あっ、バラのかおりがする」
地包天がそう言った。
「そうか。ぼくにはバラのかおりは感じられないけどな」
空気中に漂っているにおいをかぎながら、ぼくはそう言った。
「わたしには感じられるわ。わたしのほうが、笑い猫のおにいさんよりも、においに敏感なのかしら」
地包天がそう言った。それを聞いて、ぼくは少しむっとしながら
「さっきまでは、ぼくにも感じられていたよ。でも今はおまえの口のなかから漂ってくるニンニクのにおいにかき消されて、バラのかおりが感じられなくなったのだ」
と言った。それを聞いて地包天が申し訳なさそうな顔をしながら
「ごめんなさい。今朝はまだにおい消しのチューインガムをかんでいなかったから」
と言った。
「そうか。だったら仕方がないな。バラが咲いているところに行って、花のかおりをたくさんかいできなさい。そうすればニンニクのにおいは消えるはずだから」
ぼくは地包天にそう言った。すると地包天が複雑な顔をしながら
「確かにそうかもしれないけど、バラの枝にはとげがあるから近くに行くことはできないわ」
と言った。とげに刺されるのを怖がっているようだった。
「バラはあんなにかおりがよいし、花の蜜も甘いのに、どうして、とげなんかがあるのかしら」
地包天が不満そうな顔をしながら、そう言った。
「自分の身を守るためだよ」
ぼくは地包天にそう言った。
「魅力にあふれる花だから、多くの虫や動物たちが近寄ってこようとするので、とげがあることでやたらに近づけないで、バラ特有の気品を保っているのだ」
ぼくは地包天にそう説明した。それを聞いて地包天がうなずいていた。
「でもやっぱり笑い猫のおにいさんに不快な思いをさせないためにも、わたしはバラのかおりをたくさんかぎたいわ」
地包天がそう言った。それを聞いて、ぼくは
「分かった。これからいっしょにバラが咲いているところに行こう」
と答えてから、花壇のなかに行って、とげに刺されないように気をつけながら、バラの枝を爪で手前にぐっと引き寄せてから地包天に、においをかがせた。
「ありがとう」
地包天はそう答えてから、鼻や口からバラのにおいをたくさん吸い込んでいた。
「どう、これでニンニクのにおいはしなくなったでしょう」
地包天がそう聞いた。ぼくは地包天の口に鼻を近づけて、においをかいだ。
「いや、まだにおうよ。もっとたくさんかぎなさい」
ぼくはそう言って、さらににおいをかがせ続けた。しばらくしてから地包天がまた
「今度はもうにおわないでしょう」
と聞いた。ぼくは再び地包天の口に鼻を近づけて、においをかいだ。
「うん、今度は大丈夫だ。ニンニクのにおいはしないよ」
ぼくは地包天にそう言った。それを聞いて地包天が、ほっとしたような顔をしていた。
「笑い猫のおにいさん、この前、おにいさんがわたしに言った約束のことを覚えている?」
地包天が唐突にそう聞いた。
「どんな約束をしたかなあ」
ぼくはすぐには思い出せなかったので、小首をかしげていた。
「忘れたの。いつか機会を見て、わたしをスイカ―と引き合わせるって言っていたじゃないの」
地包天がそう言った。
「ああ、思い出した。確かにそんな約束をした」
ぼくはそう答えた。
「今日、これから楠林へ行かない?」
地包天がそう言った。
「これから?」
ぼくはびっくりして聞き返した。
「そう、これから」
地包天がそう答えた。
「今日は天気がよいから、楠林のなかで森林浴をすることもできるし、スイカ―に会えたら一石二鳥ではないの」
地包天がそう言った。地包天は行く気が満々だったから
「分かった。ではこれからいっしょに楠林のなかへ行こう」
ぼくはそう答えるよりほかはなかった。
それからしばらくしてから、ぼくと地包天は楠林の入口に着いた。楠林のなかや、その近くで、ぼくの子どもたちが、スイカ―の指導のもとで技の練習に励んでいた。スイカ―の頭の上には今日もまたオウムがいなかったので、ぼくはオウムのことをとても気がかりに思っていた。ぼくの気がかりをよそに、ぼくの子どもたちは懸命に練習に打ち込んでいた。アーヤーはムササビ飛びの要領で、木から木に巧みに飛びわたっていた。パントーは楠林の先にある広場で一輪車に乗りながら、くるくると回っていた。サンパオは皿回しの練習をしていた。ぼくの友だちである黒旋風の子どもたちもいて、後ろ宙返りの練習をしていた。
「みんなこのようにして、日ごろ一生懸命練習しているから、努力が実って、子どもたちから盛大な拍手と歓声を送られているのだ」
ぼくは地包天にそう言った。すると地包天が
「頑張れば、努力は報いられるということですね」
と言った。それを聞いて、ぼくは
「『种瓜得瓜,种豆得豆』だよ」
と言った。
「何、それ?」
地包天が耳慣れない言葉を耳にして聞き返してきた。
「ウリを植えればウリがとれ、マメを植えればマメがとれるということだ」
ぼくはそう答えた。すると地包天が、しばらく考えてから
「したことには、それに相応した結果が得られるという意味ですか」
と、聞き返してきた。
「そうだよ。そのとおりだよ」
ぼくはそう答えた。地包天はいつもは物分かりがあまりよくない犬だが、今日は珍しく、ことわざの意味をよく理解していたので、ぼくは地包天をほめてやった。すると地包天が照れくさそうな顔をしていた。
「おまえは本当に、ぼくの子どもたちのように一生懸命練習して、いつかステージの上にあがって技を披露して、拍手喝さいや歓声を浴びたいと思っているのか」
ぼくは地包天に聞いた。すると地包天が
「もちろんですよ。毎日、その場面を夢に見ているの」
と答えた。
「そうか、けっして甘くはないぞ。苦い経験を何度もしなければならない」
ぼくは地包天にそう言った。すると地包天が
「わたしは甘いものが好きだから苦いものはちょっと……」
と言って、口ごもっていた。それを聞いて、ぼくは地包天に
「そんな意味で言っているのではない。辛い経験を毎日しなければならない。けっして
一朝一夕にできることではないと言っているのだ」
ぼくは地包天にそう言った。それを聞いて地包天がうなずいた。
「分かったわ。辛いのは本当はいやだけど、どんなに辛くても弱音を吐かないで夢の実現に向けて頑張るわ」
地包天が目を輝かせながら、そう答えた。
「分かった。ではおまえをスイカ―に紹介することにする」
ぼくは地包天にそう言った。
ぼくの話にうなずいてから、地包天は、目の前で繰り広げられている動物たちの練習風景を興味深そうに見ていた。
「いつかわたしも、このような技ができますように」
地包天がそう言って、自分を励ましているのが聞こえた。
しばらくしてから練習の休憩時間に入ったので、そのときを見計らって、ぼくは地包天をスイカ―のすぐ前まで連れていった。地包天は、ぺこぺことお辞儀をしてスイカ―に気に入られようとしていた。それを見て、スイカ―が
「かわいい犬だな。この犬も何か技を身につけたいと思っているのだろうか」
と言ってから、地包天の体をあちこち見ていた。
「かわいいけども、すこし太っているから、技を身につけさせるためには減量しないといけないな」
スイカ―がそう言ったので、ぼくは地包天にスイカ―の言葉を通訳して伝えた。すると地包天が複雑な顔をしながら
「分からないこともないわ。でもわたしの飼い主さんは、やせている犬よりも太っている犬のほうが好きだから……」
と言った。
「だったらどうするのだ。減量するのか、しないのか」
ぼくは地包天に聞いた。すると地包天はしばらく考えてから
「する」
と、自信がなさそうな声で、ぼそぼそと答えていた。それを聞いて
「だったらこうしなさい。うちではこれまでよりも控えめにご飯を食べて、ここに来たらたくさん訓練をしなさい。そうすれば体重も減っていくと思う」
ぼくは地包天にそう提案した。
「分かったわ。そうすることにするわ」
地包天がそう答えていた。
スイカ―がそのあと、何を思ったのか、いきなり両手を地面につけて、足を上にあげて、地包天をびっくりさせていた。ぼくはそれを見て
「これは逆立ちという技だ」
と地包天に説明した。
「スイカ―は、おまえにこの技を習得させようとしているようだ。できそうか」
ぼくは地包天にそう聞いた。すると地包天が
「後ろ足だけで立つことはできる」
と言った。それを聞いて、ぼくは笑った。
「それは技のうちには入らない。どんな犬だってできる。ステージの上にあがって、拍手と歓声を浴びるためには前足だけで立ち上がらなければならない。できそうか」
ぼくはもう一度、地包天に聞いた。すると地包天が、ぼそぼそとした声で
「わたしにはできそうにない」
と言った。それを聞いて、ぼくは地包天に
「初めは誰だって難しく感じるだろうし、できそうにないように思えるかもしれない。でも練習したらできるようになる。練習する気はあるか」
と聞いた。すると地包天はしばらく考えてから
「練習してみます」
と殊勝に答えていた。
「それでこそ、ぼくの友だちだ」
とぼくは答えた。
スイカ―は三分ぐらい逆立ちをして、そのあと地包天の後ろ足をつかんで前足だけを地面につかせて逆立ちをさせようとしていた。でもスイカ―が手を放すと地包天は疲れてすぐに倒れていた。地包天は太っているので、前足だけで地面を支えるのは難しそうに思えた。逆立ちは太っていないぼくでもできない技なので、ぼくは地包天の先行きに不安を感じた。でも地包天は、さっき、どんなに辛くても弱音を吐かないと言っていたから、ぼくはその言葉を信じて、地包天の練習を見守っていた。
それからしばらくしてからスイカ―は再び、ぼくの子どもたちや、ぼくの友だちである黒旋風の子どもたちに技の訓練をするために、地包天のそばから離れていった。ぼくは地包天に
「疲れただろう」
と気遣ってあげた。すると地包天が、息を弾ませながら、
「疲れたなんていうものではないわ。もうこれ以上、前足には力が入らないほど、くたくたになっています」
と言った。
「そうか。でもまだ練習は始まったばかりだぞ。本当に続けていけるのか」
ぼくは地包天に聞いた。
「やるしかないわ。そのうちに、少しずつ慣れていくだろうから」
地包天がそう答えた。
「今は練習するのは辛いだけだろうけど、逆立ちができるようになったら楽しく感じるようになると思うので、今はひたすら我慢するだけだよ。どんなに苦しくても頑張れ」
ぼくはそう言って地包天を励ましてやった。
「分かっているわ。わたし、頑張るわ」
地包天がそう答えた。それからまもなく、ぼくと地包天は楠林を離れて、うちへ帰ることにした。地包天の前足は、本当に力が入らなくなっていて、後ろ足だけで、ふらふらしながら歩いているように見えた。公園から出て、飼い主さんのうちがあるほうへ帰っていく地包天の後ろ姿を見ながら、明日はまた楠林のなかに練習に来ることができるだろうかと思って、少し心配になった。

