子どもに愛されるピエロ

天気……夜が明ける前に、ひと雨降った。雨が上がったあとの草木はみずみずしくて、葉や花びらの上に残っていた汚れがきれいに洗い流されて、きらきらと輝いていた。大地も久しぶりに雨を吸って柔らかくなり、植物が土のなかから水分や養分を吸い上げて生気を取り戻しているように思えた。

今朝早く、ぼくがいつものように湖畔にそって散歩をしていると、向こうから地包天がやってきた。
「おはよう」
ぼくは地包天に声をかけた。
「おはよう、笑い猫のおにいさん」
地包天が明るい声でそう答えた。
ぼくはそのあと地包天に、ぼくの子どもたちが昨日、楠林のなかでサーカスの技を披露して、人間の子どもたちから盛大な拍手で迎えられたことを話した。それを聞いて地包天がとてもうらやましそうな顔をしていた。
「いいなあ、わたしも何か芸を身につけて、人間の子どもたちを楽しませたいなあ」
地包天がそう言った。
「そうか。そう思っているのか」
ぼくはそう言った。
「そうよ。わたしはとても不器用だし、体も太っているから、芸の習得には向いていないかもしれない。でも何かに挑戦してみたいわ」
地包天がそう言った。
「不器用なことや、太っていることは関係ないよ。うちのパントーだって、とても不器用だし、とても太っているけども、それでも練習に励んで、ジャンピングヘディングパスや一輪車乗りができるようになったのだから」
ぼくはそう言って地包天を励ました。それを聞いて地包天がうなずいていた。
「おまえが心の底から芸の習得を望んでいるのだったら、いつかスイカ―に引き合わせるよ。スイカ―は適性を見いだすことにたけているから、おまえに一番合っている芸を見いだして、それの習得に向けて力を貸してくれると思う。スイカ―のアドバイスを、ぼくが逐次、通訳しておまえに伝えるから心配はいらない」
ぼくはスイカ―にそう言った。それを聞いて地包天がうれしそうな顔をしながら
「ありがとう。楽しみにしているわ」
と答えて、目を細めていた。
それからまもなく、ぼくは地包天と別れて、うちへ帰っていった。妻猫や子どもたちといっしょに朝食をすませてから、うちのなかでしばらく休んでいると、杜真子がやってきた。杜真子は毎週、日曜日の朝、ぼくたちに食べ物を持ってきてくれる。今日はキャットフードのほかに、いちごを持ってきてくれた。ぼくはいちごよりもミニトマトのほうが好きだが、妻猫と子どもたちはミニトマトよりもいちごのほうが好きだから、妻猫と子どもたちがおいしそうにいちごを食べている姿を見ていると、ぼくもうれしくなった。杜真子が帰ったあと、しばらくしてから、今度は馬小跳が唐飛たちといっしょにやってきた。馬小跳たちは、これまでは土曜日のお昼過ぎに、食べ物を持ってきてくれていたが、土曜日の午後に、ぼくや、ぼくの子どもたちがサーカスに出るようになったので、日曜日にやってくるようになった。馬小跳はキャットフードのほかに、ミニトマトを持ってきてくれたので、大好物のミニトマトを見て、ぼくは目を細めながら、さっそく食べ始めた。唐飛はソーセージ、毛超は魚味のするせんべい、張達はするめを持ってきてくれた。ぼくたちの大好物をみんな覚えていてくれていて、毎週欠かさずに持ってきてくれるので、子どもたちの優しさに、ぼくは深く感謝していた。
馬小跳たちは、ぼくたちに、食べ物を届けたあと、すぐにはうちには帰らないで、サーカス小屋がある梅園のほうに向かっていたので、けげんに思って、ぼくは、こっそりと、あとをつけていくことにした。今日はサーカス団の休養日なので、行っても意味がないのに何のために行くのだろうと、ぼくは思ったからだ。サーカス小屋の前に馬小跳たちがやってくると、団員のなかの一人が気がついて、不可解な顔をしながら
「おまえたち、何をしに来たのだ。今日はショーはないぞ」
と言っていた。
「分かっています。ショーを見にきたのではありません」
馬小跳が、きりっとした顔をしながら、言葉を返していた。
「だったら何をしに来たのだ?」
団員が聞き返していた。
「スピーカーで、がんがん鳴らしていた放送のことについて、言いたいことがあって来ました」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて団員が
「何か文句があるのか」
と、すごい剣幕で、にらみつけていた。馬小跳はそれを見て、一瞬たじろいでいたが気を取り直して
「団長と直接会って話したいです」
と、おずおずした声で答えていた。それを聞いて団員は、すぐには分かったとは言わないで、馬小跳や、その周りにいる唐飛たちの顔を、一人ひとり見渡していた。子どもたちから鋭い視線を向けられているのを感じて、気詰まりに思った団員は、渋々
「分かった。しばらく、ここで待っていろ」
と言って、サーカス小屋のなかに入っていった。
五分ほどしてから、団長が馬小跳たちの前に姿を現した。
「また、おまえたちか。今度は何が不満なのだ?」
団長がそう聞いた。
「公園は本来、静かなところであるべきです。火事や地震のような緊急事態が起きたのならともかく、サーカスの宣伝をするために何度も何度も、大きな音で放送を流すべきではありません。うるさくてたまりません」
馬小跳がそう答えていた。
「そうだ、そうだ、その通りだ」
唐飛たちが異口同音にそう答えていた。それを聞いて団長が不機嫌そうな顔をしながら
「子どもの分際で偉そうな口を聞くものではない。公園の管理事務所にもお金をちゃんと払って放送しているのだから、それのどこが悪いのだ」
と食ってかかってきた。それを聞いて馬小跳が
「そんな問題ではないと思います。本当に宣伝している通りなら、ぼくたちも、うるさいのにも少々目をつぶって我慢します。でも聞いていると、巧言令色を操って、言葉巧みにお客さんを引き寄せようとしている宣伝にしか聞こえません」
と負けずに言い返していた。それを聞いて団長は
「表現の自由だから、どう宣伝しようと勝手ではないか」
と、つっけんどんに言った。馬小跳がどんなに攻撃をしかけても団長は一歩も引きそうになかったので、これ以上、張り合ってもらちが明かないと思って、馬小跳たちは、白旗をかかげて、すごすごと引き上げていくしかなかった。
馬小跳たちはそのあと楠林のほうへ向かっていた。スイカ―がおこなうショーも今日は休みだったから、楠林の近くの広場で練習にいそしむ動物たちの姿はなかったし、スイカ―もいなかった。しかしそれでも楠林のなかは子どもたちのパラダイスとなっていたので、馬小跳たちは楽しく過ごしていた。馬小跳は『葉っぱ飛行機』を作って飛ばしていた。『葉っぱ飛行機』というのは、葉っぱを飛行機の形に作って飛ばすもので、上手に作ったら五メートルぐらい先まで飛ばすことができる飛行機のことだ。馬小跳は手先が器用なので、飛行機を作るのが上手だし、風の向きを読んで追い風に乗せて飛ばしていたので、五メートル以上飛ばしていた。唐飛は木の上に登って、ベートーヴェンの『歓喜の歌』を、この国の言葉で歌っていた。唐飛は太っているので、声が低くてバスの音域なので、重厚な旋律が楠林のなかを遠くまで響きわたっていた。張達は楠林のなかにいる野ウサギを見つけて、あとを追いかけていた。張達は走るのがとても速いが、野ウサギは張達以上に速く走ることができるので、張達はすぐに野ウサギの姿を見失って追いかけるのをあきらめていた。毛超は『葉っぱ鉄砲』を作っていた。『葉っぱ鉄砲』というのは、手の上に乗せた葉っぱを、もう片方の手で強くたたいて音を出すもので、バーンという音が出て、葉っぱの真ん中に穴があいて、弾が貫通したように見えるので『葉っぱ鉄砲』と呼ばれていた。毛超が作った『葉っぱ鉄砲』の音はとても大きくて、葉っぱの真ん中に大きな穴があいていた。