子どもに愛されるピエロ

天気……朝晩は初夏らしい緑色の風が吹いていて、ほほをなでる風が肌に優しく感じられる。風のなかに紅花のかおりが、ほんのりと混じっているので、鼻をくんくんいわせながら、においをかいでいると、かぐわしい花のかおりが鼻から入ってきて、心も体も豊かになっていくように感じる。日が高く昇るにつれて、紅花のかおりは、だんだん薄れていって、やがてほとんど感じられなくなった。今日は陽ざしがとても明るかったが、汗が出るほど強くはなかったので、この時季らしい、さわやかな好天気となった。

今朝早く、ぼくはいつものように湖畔に沿って散策していた。早朝のすがすがしい空気をいっぱいに吸いながら歩いていると、湖畔に沿って植えてある柳の木の枝が、さわさわと軽やかな音を立てながら揺れているのが見えた。枝の先端は湖面すれすれまで垂れていて、湖のなかいっぱいに広がっているハスに何かを語りかけているように思えた。花はまだ咲いてはいなかったが、湖面に突き出ている茎の先には淡い紅や白のつぼみがついていて大きく膨らんでいたので、いまにも咲き出しそうに見えた。柳はハスに何を話しているのだろうと思って想像に胸を膨らませながら湖面を見ていると、向こうから老いらくさんがやってくるのが見えた。
「おはようございます」
ぼくは老いらくさんにあいさつをした。
「おはよう、笑い猫。ハスの花がもうすぐ咲きそうだな」
老いらくさんがそう言った。ぼくはうなずいた。
「ハスの花言葉をおまえは知っているか」
老いらくさんが聞いた。
「知りません」
ぼくは首を横に振った。
「遠くへ去った愛だ」
老いらくさんがそう言った。
「遠くへ去った愛ですか?」
ぼくは聞き返した。
「そう。遠くへ去った愛。その言葉の意味を、わしは今、スイカ―の今の立場と照らし合わせながら考えている。スイカ―の子どもたちへの愛が理不尽にも遠くへ追い出されようとしているからだ」
老いらくさんがそう言った。ぼくはそれを聞いて、老いらくさんの洞察力の深さに感心した。
「分かります。でもスイカ―の子どもたちへの愛を絶対に遠くへ去らせてはいけません。スイカ―は子どもたちのアイドルだからです」
ぼくはそう答えた。
「わしもそう思っている。スイカ―をこれからも翠湖公園のなかに、いさせるために、わしは知恵をしぼりたい」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくもそのつもりです」
ぼくはそう答えた。
ぼくと老いらくさんは意気投合したので、いっしょに湖畔に沿って歩きながら、スイカ―を守るための何かよい方法がないかを考えていた。
するとそれからしばらくしてから、公園のなかに設置してあるスピーカーから園内放送を告げる大音響が鳴り響いた。
「園内にいらっしゃる皆様にお知らせいたします。本日午後二時半から、園内の梅園近くにあるサーカス小屋でサーカスショーをおこないます。素晴らしい演目をたくさんご用意いたしましたから、ぜひご来場ください。特にお子様をお連れの方は、お子様の情操教育に役に立ち、優れた人格を育成するのにまたとない機会ですから、ぜひお見逃しのないようにご来場ください。皆さまのご来場を団員一同、心よりお待ちしております」
それを聞いて、ぼくは思わず強い憤りを感じた。人はまだあまりいない朝早くから、こんな宣伝放送を、大音響で、があがあと流すサーカス団の人たちの気がしれないと思ったからだ。放送の内容を老いらくさんに話すと、老いらくさんも不機嫌そうな顔をしていた。
「地震か何かの緊急放送ならともかく、こんな宣伝放送を朝っぱらから、があがあと流されたのでは、たまったものではない。かえって不愉快な気持ちにさせて、客足はますます遠のくばかりではないのか」
と老いらくさんが言っていた。
「ぼくもそう思います。まったく、どういう神経をしているのでしょうね。非常識としか思えません」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「公園はもともと、人々のオアシスとして静かに散策するために作られた場所ではないのか」
老いらくさんがそう言った。
「そうですよね。うるさくてたまりません」
ぼくはそう答えた。
サーカスの興行を知らせる放送は三十分置きに何度も繰り返されていたので、そのたびに、ぼくは思わず、耳をふさいでいた。
「子どもの情操教育に役に立ち、優れた人格を育成するのにまたとない機会だと宣伝しているようだが、それは大人の視点から見た考え方であって、子どもの視点から見た考え方ではない。サーカスを見るのは娯楽の一種だし、大人が子どもを楽しませるために見せるものだから、子どもが楽しめないものを見せるのは本末転倒ではないだろうか」
老いらくさんがそう言った。
「そうですよね。親子連れのお客さんに見てもらうことを目的としておこなうつもりなら、もっと子どもを楽しませるような演目を用意して、子どもの心を惹きつけるべきではないでしょうか」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「その通りだよ。いくら著名な演芸評論家からお墨付きの評価を得られていたとしても、子どもが退屈するようなものを見せては意味がない」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくもそう思っています。その点、スイカ―が楠林のなかでおこなっているショーは、子どもだけにしか見せないショーだし、子ども以外には、ほとんど知られていませんが、それでもたくさんの子どもを惹きつけているので、とても素晴らしいショーだと思っています」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「わしもそう思う。スイカ―がおこなっているショーが、子どもたちに好評を博しているのは、動物たちがたくさん出てきて楽しいからだけではない。スイカ―の子どもたちへの愛が深く感じられるからだ」
老いらくさんがそう言った。
「そうですよね。スイカ―の愛に応えようと思って、どの動物たちも、一生懸命、練習に励んで、難度の高い技を習得して、毎回違ったパフォーマンスを見せています。そのために子どもたちに人気があるのだと思います」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうだよな。スイカ―のショーに出演している動物たちは、子どもたちを飽きさせないように、毎回違ったものを演じている。それとは対照的に、サーカス団の団員たちがおこなっている興行は、毎回、同じようなものばかりで代わり映えがしない。これでは大人の客も、そのうちに、だんだん減っていくだろう」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくはうなずいた。
サーカスの興行を知らせる耳障りな園内放送は、午前中ずっと続き、午後に入ってからも興行が始まる直前まで、何度も繰り返しておこなわれていた。放送を耳にした親子連れが何組か、サーカス小屋が設営されている梅園の近くに向かっていく姿も目に入った。しかし友だち同士でやってきた子どもの多くは、放送を聞いても馬耳東風といった顔をしながら、聞き流すだけで、わざとサーカス小屋とは反対の方向にある楠林のほうへ向かっていた。それに気がついたサーカス団の団員が慌てて追いかけてきて
「そちらではない。そちらへ行く道は工事中のために立ち入り禁止になっている」
と、口から出まかせのことを言って、子どもたちを呼び止めていた。それを聞いて、ぼくはなんて卑劣なことをするのだろうと思って、はらわたが煮えくり返った。スイカ―がおこなうショーを子どもたちが見るのを妨害するために、うそを言っているのが明らかだったからだ。
「これから梅園の近くで楽しいショーがあるから、そちらへ行きなさい」
団員がそう言って、子どもたちを誘っていた。それを聞いて、子どもたちは一瞬ためらってから、渋々、梅園のほうへ向かい始めた。しかし途中で気が変わって、梅園のほうには行かないで、公園を出てうちへ帰っていく子どももたくさんいた。ぼくはそれを見て、団員たちがおこなっている興行がいかに子どもたちに人気がないかを、あらためて、はっきりと知ることができた。
スイカ―がおこなうショーを見ることができなくなって、寂しそうに帰っていく子どもたちの後ろ姿を見ながら、ぼくは楠林へ向かう道へ戻り、道の途中に張ってあったロープの横を通って、なかに入っていった。楠林のなかを通り抜けて、その先にある広場に着くと、スイカ―や、ショーに出演する動物たちが、人間の子どもたちが見にやってくるのを首を長くしながら待っていた。子どもたちがなかなかやってこなかったので、やきもきしているように見えたが、しばらくしてから子どもたちが、ぼくと同じようにロープの横を通って、楠林のなかへ入って来たので、スイカ―も動物たちも、ほっとしているように見えた。二時半になったとき、これまでと同じようにスイカ―のショーが始まり、広場のなかは子どもたちの歓声と拍手に包まれていった。ぼくの子どもたちも、新しく身につけた技を披露して、子どもたちの拍手喝采を浴びていた。ショーは四時過ぎに終わり、見に来た子どもたちは、みんな満たされたような顔をしながら、うちへ帰っていった。