子どもに愛されるピエロ

天気……今日は二十四節気のなかの立夏。暦の上で夏の初めだ。朝晩はまだそれほど暑くはないが、昼間は気温が上がり、夏の到来を感じさせる時季となった。

翠湖公園のなかの樹木は青々と茂り、そよそよと吹きわたる緑色の風がほおをなでるように、そっと通り過ぎていった。
春節のころに翠湖公園にやってきたサーカス団の興行は今もまだ梅園の近くで土曜日ごとにおこなわれていた。しかし見に来る人のなかに子どもは少なかった。両親や教師に無理やり連れてこられた子どももいることはいたが、どの子どももつまらなそうに見ていた。サーカスとは思えないほど、かたい演目ばかりだったので、子どもの興味を引かなかったからではないかと、ぼくは思った。それとは対照的に、スイカ―が楠林の近くにある広場のなかでおこなっていた興行は子どもたちにとても好評を博していた。子どもたちの間で、評判が広まっていって、スイカ―の興行を見るために、土曜日にはいつもたくさんの子どもたちが楠林の近くにある広場にやってきた。興行がない日曜日にも子どもたちは楠林のなかにやってきて、バードウォッチングをしたり、葉っぱ飛行機を作って飛ばしたり、草笛を作って吹いたりして楽しいひとときを過ごしていた。
楠林の近くが子どもたちのパラダイスとなっていくのとは反対に、サーカス小屋がある梅園の近くはだんだん閑古鳥が鳴くようになったので、サーカス団の団員たちは次第にスイカ―のことをねたましく思うようになっていった。団員たちは練習の合間に何度も話し合いをおこなって、スイカ―を楠林のなかから追い出す方法を考えていた。
「あいつのせいで、我々の商売は上がったりだ。このまま、あいつを、あそこで、のさばらせておくわけにはいかない。団長、何かよい手だてはないものでしょうか」
副団長が団長に聞いていた。
「おれもそう思う。しかし非合法な手段でスイカ―を追放したら、あとで禍根を残すことにもなりかねない」
団長がそう答えていた。
「だったらどうすればよいのでしょうか。このまま時機をうかがうよりほかはないのでしょうか」
進行係を務めている女性の団員が聞いていた。
「そうは言っていない。スイカ―を追い出すために、おれも今、いろいろなことを考えている。最終的には裁判に訴えることになると思う。裁判でおれたちが勝訴したら、スイカ―は出ていくしかないだろう」
団長がそう答えていた。それを聞いて女性の団員が
「それはいい考えですね。しかし、わたしたちが敗訴したら、スイカ―は楠林に居座り続けることになります」
と言っていた。
「敗訴しないように事前に裏工作をする」
団長が不敵な笑みを浮かべながら、そう答えていた。
話の内容を聞いて、これは大変なことになったと、ぼくは思った。一刻も早くスイカ―のもとに行って緊迫した情況が迫ってきていることを伝えなければと思って、ぼくは楠林のほうへ駆けていった。ぼくには人の言葉は話せないから、話の内容を直接スイカ―に伝えることはできないが、スイカ―が飼っているオウムは人の言葉が話せるから、オウムに『危ない』という言葉を教えたら、スイカ―に注意を促すことができるのではないかと思っていた。ぼくが楠林のなかに着くと、楠林の先にある広場のなかで、スイカ―が興行に出演する動物たちに技の訓練をしている姿が目に入った。スイカ―の頭の上には、これまでと同じようにオウムが乗っていて、動物たちの訓練の様子を見ていた。オウムはぼくが来たのに気がつくと
「やあ、笑い猫、元気か」
とあいさつをした。ぼくはオウムに
「スイカ―に危機が迫っていることを伝えてくれないか」
と言った。するとオウムは困惑したような顔をしながら
「そんなことを言われても、ぼくには人の言葉でそれを伝えることはできない」
と言った。それを聞いて、ぼくはオウムに
「『危ない』という言葉を教えるから、それを繰り返し言ってくれ」
と言った。それを聞いてオウムは
「分かった。そうする」
と答えてくれた。それからまもなく、ぼくはオウムに『危ない』という言葉を教えた。
するとオウムはすぐに『危ない』という言葉を覚えてスイカ―に伝えていた。でもスイカ―は、どうしてオウムがそんなことを言っているのか、さっぱり分からないでいた。
ぼくはそれからまもなく楠林を出て、老いらくさんを探しにいった。困ったときは老いらくさんを訪ねていって相談することが、これまでたびたびあったからだ。老いらくさんがいそうなところを、あちこち探しまわっていると、サーカス団の団員たちが楠林のほうへ近づいていくのが見えた。手に双眼鏡や網やロープを持っていたので、不審に思って、ぼくは老いらくさんを探すのは後回しにして、団員たちのあとから、こっそりつけていくことにした。すると団員たちは楠林の入口から三十メートルほどまで来たときに、道の上にロープを張って、それから先には入っていけないようにしていた。そのあと団員たちは、辺りを気にしながら、楠林の入口のすぐ前まで行って、双眼鏡でなかの様子を、こっそりとうかがっていた。スイカ―は動物たちを訓練することに夢中になっていたので、団員たちからのぞかれていることにまったく気がついていなかった。動物たちも気がついていなかった。オウムだけは気がついたので、スイカ―の頭の上から離れて、団員たちがいるところの上空まで飛んできて偵察していた。それを見て団員のなかの一人が網をさっと上に向けて、オウムを捕えようとしていた。オウムはそれに気がついて『危ない、危ない』と言いながら、スイカ―の頭の上まで戻っていった。ぼくはそれを見て、スイカ―だけではなくて、オウムにも危機が迫っていることを如実に感じた。
ぼくはそれからまもなく再び老いらくさんを探しにいった。梅園の近くで老いらくさんと会うことができたので、ぼくは老いらくさんにサーカス団の団員たちが裁判を起こして、スイカ―をこの公園のなかから追い出そうとしていることや、陰湿ないじめをおこなっていることを話した。それを知って心を痛めた老いらくさんは、しばらく考えを巡らしていたが
「裁判のことは、わしにはどうすることもできない」
と言って、首を横に振った。
「でもこのまま見て見ぬふりをするわけにはいきません。スイカ―には、これからもずっと楠林のなかで子どもたちを夢中にさせるショーを続けていってほしいです」
ぼくは老いらくさんにそう言った。すると老いらくさんが
「スイカ―は子どもたちから絶大な人気があるから、子どもたちに弁護人となってもらって、裁判の場に出廷してもらうのはどうだろうか」
と提案した。
「それはよい方法かもしれませんね。でも子どもたちは学校があるから、裁判の場に行くことはできません。そもそも子どもたちに弁護人になる資格はあるのでしょうか」
ぼくは老いらくさんに問いかけた。
「……」
老いらくさんは答に窮していた。
「裁判を起こすためには、いろいろと準備をしたり、多額のお金を用意しなければならないので、団員たちも、できたら裁判を起こさなくてもいいようにしたいと思っているようです。そのために楠林に通じる道の途中にロープを張って立ち入り禁止にして子どもたちを近づけないようにしたり、網を広げてオウムを捕まえようとしていました。子どもたちがこなくなったらショーができなくなるし、オウムを捕まえたらスイカ―がショックを受けてこの公園から出ていくと考えているようです」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうか、スイカ―を追い出そうとする彼らのえげつないやりかたに、わしは強い憤りを覚える」
老いらくさんが不機嫌そうな顔をしながらそう言った。
「老いらくさんの気持ちが、ぼくにもよく分かります。ぼくだけでなく、ぼくの子どもたちや、馬小跳たちもきっと同じだと思います。何と言っても、スイカ―は子どもたちのアイドルですから」
ぼくは老いらくさんにそう答えた。
「そうだな。わしもそう思う」
老いらくさんがそう答えた。
「子どもたちと言えば、ぼくは今、ふっと万年亀のことを思い出しました。万年亀は子どものにおいが大好きな亀だから、子どものにおいにあふれている楠林のなかからスイカ―がいなくなったら、万年亀も寂しく思うのではないでしょうか」
ぼくは老いらくさんにそう言った。すると老いらくさんが
「そうだな。子どものにおいが薄れていったら、万年亀もとても寂しく思って、楠林のなかへやってこなくなるかもしれない」
と言った。ぼくはそれを聞いてうなずいた。
「でも万年亀は不思議な魔力を持った亀だから、最初は寂しく思っても、そのあと気を取り直して、スイカ―がこの公園から出て行かなくてもすむような、何かよい知恵を授けてくれるかもしれません」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「そうだな。わしもそう思う。今、どこにいらっしゃるのか知らないが、子どものにおいがまだ色濃く残っているうちに、ここに来てもらえないかなあ」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくもそう思います」
ぼくはそう答えた。
「万年亀の甲羅の上には青々とした草が生えているし、今の時季は草がぼうぼうと茂っていると思うので、周りの草と見分けがつきにくいと思います。でもきっとまた、そう遠くないうちに楠林のなかにやってきて力を貸してくださると思うので、ぼくは目を凝らしながら草の動きを見ていることにします」
ぼくは、老いらくさんにそう言った。すると老いらくさんが
「わしもそうするよ」
と答えていた。