【短】君の手が動く限り、俺は隣りにいたいから

 あれは、一体誰だったか。
 
「へき⋯⋯な⋯⋯⋯⋯」

 ぶわっと一際強い風が辺りに吹き荒ぶ。制作途中の飾りがあちらこちらに飛ばされて、生徒達が慌てて拾いに行く。
 羽馬先生も忙しなく辺りを走り回る中、凌だけはその場に突っ立ったままだった。

『私、生まれて初めて、自分の描いてきたあの不器用な絵を心の底から好きになれたんだよ』

 もっと早く見つけていれば。
 もっと早く出会えていれば。

 そう思うことがこれまでに何度かあった。
 ふとした瞬間に頭の上に広がる青空を見上げて、その度に彼女の言葉を思い出した。

『私が命を削ってキャンバスに残してきたあの空は――ちゃんと、君に届いてたんだね』

 ずっと、ずっと、何度だって届いていた。
 それなのに言葉にできなくて、伝えられなくて。
 やっとの思いで伝える勇気が出た時には、すでに――⋯⋯。

「あっ、おーいおーいっ! 凌君!」

 はっと上の空になっていた意識を引き戻す大声が中庭に響き渡る。
 振り返ってみれば、そこにはブレザーの胸元にコサージュを抱えた紫がいた。

「な、なんすか」
「んー、なんか一人で黄昏れているみたいだったから、つい話しかけちゃった」

 相変わらずの突拍子のなさは健在のようで、紫が浮かべる笑顔は異質なほど明るい。

「凌君は実行委員?」
「はい」
「偉いねー。凌君ってそういう誰かのためとか学校行事興味なさそうなのに」
「いや、今もないっす」
「え?」

 学校行事基、他人の卒業式を彩る実行委員など端から興味などない。
 では何故、そんな無頓着な凌が卒業式の実行員をしているのか。
 
「⋯⋯お世話になった先輩の卒業式なんで、せめてもと思っただけっす」

 小っ恥ずかしくて目を見れずに言い放てば、紫はみるみるうちに顔を晴れさせた。
 
「凌君ーーーーーーーー! やっぱり君っていい子だねぇ!!!!!!!」
「うわっ! ちょ、抱きつくな!」

 三年生の先輩に抱きつかれる二年生。
 端から見ればそういう関係にも見えなくもない。いや、そんな関係見られるなど迷惑でしかないが。
 
「相変わらず冷たいなあ、もう。ま、あの子も同じだったっけ」
「⋯⋯あいつと一緒にしないでください」

 思わず強く言ってしまった。
 はっとして訂正しようとした頃には、すでに紫に聞かれた後。
 顔をあげた彼女の顔を見れば、笑っているのに何処か悲しげな表情を浮かべていた。

「うん、そうだよね。嫌だよね」

 嫌じゃない、と訂正するには言ってしまったことが重すぎて。
 逆に肯定するには余計に彼女を傷付けてしまうだけで。
 どうすれば良いのか分からずにいた頃、何気なく空を見上げた紫の目から一筋の涙が零れた。
 そのあまりの綺麗さに、凌は思わず魅入ってしまう。

「死んじゃった子と一緒にされるなんて、嫌だよねぇ⋯⋯」

 どうして、忘れていたのだろう。
 絶対に忘れてはいけないことだったはずなのに。