【短】君の手が動く限り、俺は隣りにいたいから


「そっちの飾り付けは終わったかー?」
「せんせー、画用紙足りなーい!」

 中庭に戻れば、再び実行委員達の騒がしい声に満たされていた。
 泣き腫らした目を隠しながら戻っていると、向こうから忙しない足音が聞こえてくる。

「藤代! お前、また何処に行ってたんだよ!」
「⋯⋯成瀬」
「羽馬せんがカンカンにキレてたって! ほら、早く戻って準備しよ!」

 どうして自分が面倒な他人のための卒業式を作っているのか。
 今になってようやく思い出した。

「なあ、成瀬。少し、行かなきゃならないとこがある」
「はあ!? もう時間ないんだって⋯⋯」
「これ、これに必要なものも作り方も飾り方も全部書いてある。あとはお前に任せる」
「あ、ちょっ!」

 呼び止める声を無視して背を向けると、全力でその場から走り出す。
 向かうはまだ緑の葉を携えている桜の木の下。
 もしも今も生きていたなら、きっと共に見られていたはずの桜の木の下。

「はあっ⋯⋯⋯はあ⋯⋯」

 冬とは思えないほど、その緑は青空によく映えている。
 屋上から障害物が何も無い青空を描くのも良い。けれど、こうして何か一つ物体を加えるのもまた、より青空を引き立てる。

「碧南」

 聞こえるか。
 たった数ヶ月の付き合いだった。
 出会いは最悪で、俺はお前のことが嫌いだった。そんで、お前も俺のことが嫌いだった。
 でも、今は違う。

「俺は、お前の描く青空が好きだ。お前にだけ見えている青空が」

 ズボンのポケットから先程紫から渡された手紙を取り出す。
 折りたたまれた便箋を広げて、再び空へと掲げた。
 日光を透かすととある一文が浮かび上がる。その一文を読んだ瞬間、もう止めることもできぬまま涙が溢れ出した。

『凌、もう⋯⋯私のことなんか忘れて』

 ぐしゃっと便箋を握り締める。
 こんなことを言われたかったんじゃない。こんなことを残してほしかったんじゃない。

「自分はもういねぇから簡単に言えるけどさ、たった一人残される側にでもなってみろよ⋯⋯っ!」

 もういないくせに。
 もうあのキャンバスの絵の続きを描いてくれるわけじゃないくせに。
 もう二度と、お前が描く青空を見られないのに。

「ずっと、ずっと、死んだことを後悔させてやる⋯⋯お前が見たいって言っても、生まれ変わって俺の前に出てくるまで、新しい絵を見せてなんかやらねぇ」

 酷いって言っても。
 意地悪って言っても、見せてやらない。

「卒業おめでとう⋯⋯碧南」

 次は、生きて。 
 病気なんて無く、元気に嫌味を言いに来い。
 その時にもう一度、俺が描いた絵を見せてやる。

「そんで⋯⋯次こそ言わせろ。お前が、好きだってことを」