子どもたちのパラダイス

天気……昨夜は一晩中、小雨がしとしとと降っていた。雨水を吸って土のなかから養分をたくさん取り入れた草木は、生気にあふれていて、青々としていた。

けさ早く、いつものように湖畔にそって散歩をするために、うちを出たとたん、青草のにおいが、ぷんぷん漂ってきた。
「あー、いいにおいだ」
ぼくはそう言って、鼻をくんくんいわせながら青草のにおいをかいでいた。子どもたちもうちから出てきて、ぼくの真似をして、鼻をくんくんいわせながら、空気中に漂っているにおいをかごうとしていた。パントーはにおいにあまり敏感ではないので、何も感じられなかったらしくて、けげんそうな顔をしながら
「お父さん、何かにおいがするの。ぼくには何もにおってこないけど」
と言った。
「青草のにおいがするので、かいでいた」
ぼくはパントーにそう答えた。
「青草のにおい?」
パントーが聞き返した。
「そう。青草のにおい」
ぼくはそう言った。それを聞いてパントーが、もう一度鼻をくんくんいわせながら、空気中に漂っているにおいをかごうとしていた。でもやはり何もにおいが感じられなかったらしくて首を横に振っていた。パントーはそのあとアーヤーに
「何か、においが感じられる?」
と聞いていた。アーヤーはそれを聞いて、パントーの真似をして鼻をくんくんいわせながら、においをかいでいた。そのあとしばらくしてから
「あっ、感じられる。確かにこれは青草のにおいだ」
と言っていた。
「においのほかに、かすかな音も聞こえるわ」
アーヤーがそう付け加えた。
「えっ、そうか。父さんには、においしか感じられないけど」
ぼくはアーヤーにそう言った。するとアーヤーは片方の耳を地面にぴったりとつけながら
「音は地面のなかから聞こえてくるわ。もしかしたら地面のなかで根が広がっているときに出る音ではないかしら」
と言った。ぼくはこれまで草木の根が広がっているときに音が出るとは思ってもいなかったので、アーヤーの想像力のたくましさに感心していた。ぼくもアーヤーの真似をして片方の耳を地面にぴったりとつけて音を聞こうとしたが、ぼくにはやはり何も聞こえてこなかった。パントーも片方の耳を地面にぴったりとつけて音を聞こうとしていたが、ぼくと同じように何も聞こえてこないようだった。
「サンパオ、おまえには聞こえるか?」
パントーがサンパオに聞いていた。
「ちょっと待って」
サンパオはそう答えると、片方の耳を地面につけてから、目をつむって、すべての神経を耳に集中させていた。しばらくしてから
「あっ、聞こえる。この音は根が成長しているときに出る音だ」
と言った。それを聞いて、ぼくはサンパオの想像力の豊かさにも感心していた。
ぼくは子どもたちを連れて、湖畔にそって、しばらく散策してから、うちへ帰って朝ご飯を食べた。そのあとしばらく休んでから、ぼくは老いらくさんに会いにいった。根が成長しているときに本当に音がするのかどうか聞いてみたいと思ったからだ。老いらくさんは博学多才なネズミだから、想像ではなくて確かなことを教えてくれるはずだ。ぼくはそう思って、老いらくさんが今の時季にいそうなところへ、あちこち出かけていって老いらくさんを探していた。すると翠湖公園の入口付近にある眼鏡橋を渡って、馬小跳たちが公園のなかに入ってくるのが見えた。ぼくの推測に間違いがなければ、馬小跳たちはスイカ―に会いにいっているのではないかと思った。老いらくさんを探すのはあとまわしにして、ぼくは馬小跳たちのあとを、こっそりとついていった。やはり、ぼくが思っていたとおりだった。馬小跳たちはサーカス小屋があるほうへ向かっていた。サーカス小屋の前まで来ると、馬小跳たちは小屋のなかをのぞいて、スイカ―を探していた。小屋のなかでは団員たちによる演技の練習が行なわれていた。スイカーも団員のなかの一人だから、小屋のなかでオウムに物真似を教えているのではないかと思っていた。でもスイカ―の姿はどこにもなかった。楽屋のなかに入っていくことはできないから、馬小跳たちは仕方なく帰りかけて、サーカス小屋の近くにある梅園の前を通りかかっていた。すると梅園のなかから朗々とした声が風に乗って聞こえてきた。馬小跳たちは興味に駆られて、声がするほうに近づいていった。ぼくも馬小跳たちのあとから、そっとついていった。すると、梅園のなかほどにあるあずまやに、一人のお年寄りが座っていて漢詩を詠んでいる姿が目に入ってきた。ロウバイの木は、今の時季は、花が終わってしまっているので、梅園のなかに人影はほとんどなくて、そのためにお年寄りが詠む漢詩の声だけが大きく高らかに響き渡っていた。馬小跳たちは足をとめて、そのお年寄りの姿を見た。
「あっ、あの人は昨日、サーカス小屋の前にいた人ではないか」
馬小跳がそう言った。
「あっ、本当だ。あの人は警備員だから演技の練習をする必要がないので、ここにきて詩吟を詠じていたのだろうか」
唐飛がそう言った。
「そうかもしれないな」
毛超がそう言った。
するとそれからしばらくしてから、あずまやの屋根の上から漢詩を詠む声が聞こえてきた。馬小跳たちは、びっくりして屋根の上を見ていた。ぼくも(何だろう?)と思って、あずまやの上を見た。するとなんと、そこにオウムがいた。昨日、ピエロの頭の上にとまっていた、あのオウムだった。オウムはお年寄りが詠んだ漢詩を物真似して繰り返していた。声に抑揚があってまるで人が詠んでいるように聞こえたので、馬小跳たちはオウムの物真似の巧みさに感心して思わず拍手をしていた。お年寄りの髪の毛は真っ白で、皮膚につやがなくて、しょぼくれた姿をしていたので、まさか、そのお年寄りがピエロの役を務めているスイカ―だとは、馬小跳たちは誰も気がついていないように見えた。馬小跳たちはお年寄りに近づいていって
「おじいさんが飼っているオウムですか。物真似がとても上手ですね」
と言って、オウムの卓越した話芸を賛辞していた。それを聞いて、お年寄りは自分がほめられているように喜んでいた。
「ありがとう。このオウムは物真似の名人、いや名鳥です」
お年寄りがそう答えていた。
「ぼくたちは昨日、このオウムをサーカス小屋のなかで見ました。ピエロの頭の上にちょこんと座って、ぼくたちにあいさつをしてくれたり、小屋のなかを飛び回りながら、歌を歌ってくれました。とても楽しかったです」
馬小跳がお年寄りにそう言っていた。それを聞いてお年寄りが
「そうか、それはよかったな」
と、にんまりしながら答えていた。
「ぼくたちは、あのピエロを一目見て、とりこになってしまいました。ピエロにもう一度会いたくてたまらなくなったので、今日もまた、サーカス小屋の前まで行きました。ところがピエロがいなかったのでがっかりしました」
毛超がそう言った。それを聞いて、お年寄りが
「それは残念だったなあ。おまえたちがもう一度会いたいと思っているピエロは、楽屋のなかにいるから、わしはこれからサーカス小屋に帰って、ピエロにここに来るように言うことにする。ここでしばらく待っていてくれないか」
と言った。
「本当ですか?」
毛超が聞き返していた。お年寄りが、にっこり、うなずいていた。お年寄りは、そのあと、口笛を吹いて、オウムに合図を送って、あずまやの屋根の上からオウムを呼び寄せていた。するとオウムはすぐに屋根の上から下りてきて、お年寄りの肩の上に乗っていた。それからまもなくお年寄りは、オウムを肩の上に乗せたまま、梅園から出ていって、サーカス小屋のなかに入っていった。三十分ほどしてから、サーカス小屋のなかからスイカ服のつなぎ服を着たスイカ―が出てきて馬小跳たちの前にやってきた。顔にてかてかとした顔料を、けばけばしく塗っていて、頭の上には赤いシルクハットをかぶって白髪を隠していたから、先ほどのお年寄りとは別人のように見えた。スイカ―の姿を見て、馬小跳たちは思わず歓声をあげていた。
「待たせたな。先ほど、警備係の団員から、おまえたちが、ここで待っているから、会いに行くように言われたからやってきた」
スイカ―が開口一番、そう言った。スイカ―の頭の上にはオウムが行儀よく乗っていた。
「ぼくはスイカ―が大好きです。オウムが歌う声も大好きです。あの歌をもう一度聞きたくて、今日再びサーカス小屋に行きました。でもいなかったので、帰りかけたら、梅園のなかにいたお年寄りが、『呼んでくるから、しばらくここで待っていなさい』と言ってくれました」
馬小跳がそう答えていた。
「そうだったのか。あの歌は、いい歌だからな。分かった。ではもう一度、おまえたちのリクエストに応えて、オウムにあの歌を歌わせることにする」
スイカ―はそう言ってから、歌の出だしの部分を一節、くちずさんだ。
戴花要戴大红花呀……
するとそれを聞いてスイカ―のシルクハットの上に乗っていたオウムが
骑马要骑千里马……
と、あとを継いで歌い始めた。その歌は馬に乗って草原を走っているときの爽快な気持ちを歌った歌だったので、オウムの歌に合わせてスイカ―が馬にまたがって走るポーズをしていた。そのポーズが受けて、馬小跳たちの笑いを誘っていた。オウムが歌い終わると、馬小跳たちは割れんばかりの拍手をしてオウムの歌声を称賛していた。スイカ―がそのあと馬小跳たちに
「このオウムは外国の歌も歌うことができる」
と言った。それを聞いて唐飛が、びっくりして
「外国語の歌真似もできるの?」
と言って聞き返していた。
「もちろんだよ。わしが教えたから」
スイカ―が胸を張って、そう答えていた。
「どんな歌を歌うことができるの?」
毛超がそう聞いていた。
「イタリア民謡の『オ―ソレミオ』を歌うことができる」
スイカ―がそう言った。馬小跳たちは信じられないような顔をしていた。
スイカ―はそのあと『オーソレミオ』の出だしの部分をイタリア語で一節歌った。するとオウムがあとを継いでイタリア語で一番の歌詞をすべてイタリア語で歌った。歌の意味はよく分からなかったが、抑揚に富んでいてとてもきれいな歌声だった。馬小跳たちはオウムが持っている天賦の才能に酔いしれていた。スイカ―も目をつむって、うっとりしたような表情をしながら、歌の抑揚に合わせて、両手を横に広げて踊っているようなポーズをとっていた。そのポーズがとてもおかしかったので、馬小跳たちの笑いを誘っていた。歌が終わると、馬小跳たちは拍手喝采をしていた。
「ありがとう、とても楽しかったです。学校が始まるまで、あと一日残っているので、
明日もまた会いにきていいですか」
馬小跳がスイカ―にそう言っていた。
「いいよ。では明日の午後二時に楠林に来なさい。楽しいものを用意して待っているから」
スイカ―がそう答えていた。
「分かりました。では必ず伺います」
馬小跳がそう答えていた。それからまもなく馬小跳たちはスイカ―と別れて、うちへ帰っていった。