子どもたちのパラダイス

天気……昨夜は一晩中、小雨がしとしとと降っていた。けさ早く雨はやんで、翠湖公園のなかの草木は緑がしたたるように美しく輝いていた。紫色のモクレンのつぼみが膨らみ始めていた。

今日の午後、楠林のなかで、子どもだけに見せるサーカスの興行が再びおこなわれることになった。先週の土曜日に興行があったあとも、今日のサーカスに出演する動物たちは、さらに練習を重ねて、優れた演技で子どもたちを楽しませようと思って張り切っていた。ぼくの子どもたちも新しい技を習得したので、はやくたくさんの子どもたちに見てもらいたいと思って手ぐすねを引いていた。
ぼくの子どもたちは、けさ早く目を覚ましてからすぐに外に出て、雨がやんでいるのを知って、ほっとしたような顔をしていた。土曜日とは言っても、天気がよくなかったら、公園にやってくる子どもの数が少なくなるからだ。
「いよいよ、今日ですね。心の準備はできましたか」
朝ご飯を食べながら、妻猫が子どもたちに聞いていた。
「少し緊張しているけど、これまで練習してきた成果が発揮できるように、頑張ります」
パントーがそう答えていた。妻猫がそれを聞いて
「やけどをしないように、くれぐれも注意をしながら火の輪をくぐりなさい」
と言って励ましていた。
それを聞いてパントーがうなずいていた。
「わたしも頑張るわ」
アーヤーがそう答えていた。
「高いところを渡るときは下を見ないで前だけを見てゆっくりと歩きなさい」
と言って、妻猫がアーヤーにアドバイスを与えていた。それを聞いてアーヤーがうなずいていた。サンパオがそのあと
「ぼくは一輪車に乗るのがとても上手になったから、転ばないで十メートル以上も動くことができるようになった」
と言って、自画自賛しながら、習得した自分の技に太鼓判を押していた。それを聞いて妻猫が
「それはよかったわ。でも油断は禁物よ。練習と本番は違うから気を引き締めて乗るのよ」
と言って慢心しないように言っていた。それを聞いてサンパオが
「分かった。そうするよ」
と答えていた。
朝ご飯を食べたあと、ぼくは子どもたちを連れて、散歩に出ることにした。子どもたちは、技の最終チェックをするために楠林へ行って練習することを望んでいたが、ぼくはその必要はないと思ったし、本番を前にして高ぶっている子どもたちの気持ちをリラックスさせることが演技をするうえで好影響を与えると思ったので散歩に連れ出すことにした。妻猫もいっしょについてきた。
家族そろって散歩に出るのは久しぶりだったから、とても楽しかった。湖畔にそって歩きながら、妻猫がぼくに
「わたしは今、とてもしあわせだわ。家族みんなが和やかな日々を過ごしている喜びを、ひしひしと感じているからだと思うわ」
と言った。それを聞いて、ぼくは妻猫に
「ぼくも、家族の温かさを、しみじみと感じている。思いやりにあふれた優しい妻や、才能にあふれたかわいい子どもたちがいるので、とてもしあわせです」
と答えた。それを聞いて妻猫が
「ありがとう。お父さんと出会えて、よい子どもたちに恵まれて、こんなにしあわせな日々を享受できていることは、わたしにとって何よりの喜びです」
と言った。
ぼくと妻猫の会話を聞いて、子どもたちもみんな明るい顔をしていた。
「ぼくはお父さんとお母さんのことを、とても誇らしく思っているよ」
パントーがそう言った。
「えっ、どうしてですか」
妻猫がパントーに聞き返していた。
「だって、お父さんとお母さんが出会って結婚しなかったなら、ぼくたちは生まれてこなかったから」
パントーがそう答えていた。アーヤーがそのあと
「わたしが空中飛行や、空中綱渡りができるようになったのは、お母さんの血をたくさん受け継いでいるからだと思っているわ」
と言っていた。それを聞いて妻猫が首を横に振った。
「アーヤーの努力が功を奏して、難しい技ができるようになったのよ。母さんの力は、たいしたことはないわ」
と言って、謙遜していた。それを聞いて、ぼくは妻猫に
「確かにそうかもしれないが、アーヤーが怖がらないで、高いところに登っていけるようになったのは、やはり何と言っても、お母さんの遺伝子を受け継いでいるからに違いないよ。ぼくには、そんな勇気はないから」
と言った。それを聞いて妻猫が、照れたような顔をしていた。
アーヤーがそのあと
「わたしたちに勇気や品格だけでなくて知恵も備わっているのは、お父さんがとても賢い猫だからだと思っています」
と答えた。それを聞いて、ぼくは思わずうれしくなって、
「ありがとう。そう言ってくれると、父さんは、ますます、しあわせな気持ちになるよ」
と言って、知らず知らずのうちに感涙が、ぽろぽろと、こぼれていた。
湖畔に沿って歩いているときに、パントーが翠湖のなかを見ながら
「お父さん、あそこにアヒルが泳いでいる」
と言った。パントーが指でさした先を見ると、アヒルの親子が仲良く泳いでいる姿が目に入った。ぼくたちの家族と同じように、五羽のアヒルの家族だった。お父さんとお母さんのアヒルが前を泳ぎ、そのあとに子どものアヒルが三羽続いていた。
「まるでぼくたちみたいだね」
パントーがそう言った。
「そうだね」
ぼくはそう答えてから、アヒルたちの微笑ましい姿を目でじっと追っていた。
「アヒルの卵は食べることができるよ」
ぼくは、ふっと思い出して、子どもたちにそう言った。すると、子どもたちがびっくりしていた。
「えっ、そうなの?」
アーヤーが聞き返してきた。ぼくはうなずいた。
「お父さんは食べたことがあるの?」
サンパオが興味深そうに聞いた。
「以前、杜真子のうちで飼われていたころ、食べたことがある」
ぼくはサンパオにそう答えた。
「どんな卵だった?」
サンパオが聞いた。
「殻の色は淡い緑色をしていて、ニワトリの卵よりも一回り大きかった。黄身が白身よりも多くて、味がこってりしていると感じた」
ぼくは思い出しながら、そう答えた。
パントーが、うんうんと、うなずきながら、ぼくの話を聞いていた。
「ぼくはアヒルの卵を食べたことがないから、どんな味がするのか想像でしか分からない。ぼくもいつか食べてみたいなあ」
パントーがそう言った。それを聞いてアーヤーが
「パントーは、きょうだいのなかで一番、食いしん坊だから、食べることしか考えていない」
と言った。それを聞いてパントーが、ばつが悪そうな顔をしながら
「ぼくはおいしそうなものには目がないから……」
と、ぼそぼそした声で、そう言った。それを聞いてサンパオが
「グルメなのも悪くはないけど、ダイエットを心がけないと、ますます太っていくよ」
と言って、肥満気味のパントーに忠言していた。
「分かったよ。でも卵はタンパク質が多いから、健康にはよいはずだよ。お父さん、そうでしょう?」
パントーはそう言って、ぼくのほうを見た。
「そうだね。栄養価は確かに高いと思う」
ぼくはそう答えた。それを聞いてパントーがほっとしたような顔をしていた。
ぼくたちは三十分ほど湖畔ぞいに散策してから、うちへ帰っていった。お昼近くになったとき、妻猫が子どもたちに
「これからいよいよパフォーマンスに出かけるから、しっかり腹ごしらえをしていきなさい」
と言って、いつもより多めにご飯を用意してくれた。
「ありがとう」
子どもたちは異口同音にそう答えてから、昼ご飯を食べ始めた。
午後の一時前に、ぼくたちは家族みんなで楠林のほうへ出かけていった。楠林の先にある広場の入口の前にはサーカスを見にきた子どもたちの長蛇の列ができていた。入口の前にスイカ―とシャオパイがいるのが見えた。子どもたちはスイカ―から整理券を受け取ると次々と広場のなかに入っていた。シャオパイは子どもたちに軽く会釈をして歓迎の意を伝えていた。子どもたちに付き添ってきた大人もいて、子どもたちといっしょに広場のなかに入ろうとしていた。それを見てスイカ―が
「ここは十五歳以下の人しか入ることができません」
と言って阻止していた。それを聞いて、子どもを連れてきた大人が
「そんなかたいことを言わないで、大人にも見せてくれよ。お金は払うから」
と言って、不満そうな顔をしていた。
「申し訳ありませんが、ここは子どもたちだけのパラダイスですから」
とスイカ―が答えていた。スイカ―と大人が押し問答をしているのを見て、シャオパイが大きな声で、ワンワンと、ほえたてて、大人を威嚇していた。シャオパイは姿かたちは優しいが声は大きいので、大人は、たじろいで、渋々、引き返していくよりほかはなかった。
ぼくたちの姿に気がついてスイカ―が、にっこりと笑みを浮かべながら
「いらっしゃい。待っていたよ。今日はよろしくね」
と言った。ぼくはそれを聞いて、うなずいた。ぼくの子どもたちにはスイカ―が言った言葉の意味が分からないので、通訳して聞かせた。ぼくはそのあとシャオパイに
「おまえとフェイナのダンスを楽しみにしているよ。今日は妻猫も連れてきたから、いっしょに見させてもらう」
と言った。それを聞いてシャオパイが
「分かったわ。今日は最高のパフォーマンスをするよ」
と答えていた。
ぼくと子どもたちは、そのあと特設ステージの裏にある楽屋に入っていった。妻猫は観客席の一番前にすっと入っていって、観客席のいすの下に隠れながら開演の時間を待っていた。
二時を過ぎたころ、会場のなかは子どもたちでいっぱいになり、もうそれ以上は入れないような状態になったから、スイカ―が広場の入口を封鎖していた。
それから三十分近くがたって、いよいよ開演の時間がやってきた。ぼくはこの前と同じように進行係を務めることになった。スイカ―の指示を動物に伝えることができるのは、ぼくしかいないので、ぼくにしかできない大役を担うことに、ぼくは誇りを感じていた。二時半ジャストに、ぼくは鈴を鳴らして開演を告げた。この前はそのあとすぐにスイカ―が
黒豚の黒旋風に乗って出てきたので、今回もそうするのだろうと思っていた。ところが今回は違っていた。何と、進行係のぼくを肩に乗せてから、ステージの上に出ていった。
「みなさん、こんにちは。ようこそ、いらっしゃいました」
と言って、広場を埋め尽くした子どもたちに、スイカ―がマイクであいさつを始めた。
「みなさん、今日は、この猫のことを紹介します。普通の猫ではありません。笑うことができる猫です」
スイカ―がそう言っていた。それを聞いて、広場のなかが、ざわざわとし始めた。
「スイカ―はオウムに歌を教えることができるだけでなくて、猫に笑い顔を作ることも教えることができるのですか」
前のほうの席に座っていた女の子が、そう聞いていた。それを聞いて、スイカ―が首を横に振っていた。
「いいえ、違います。この猫は、もともと笑うことができました」
スイカ―がそう答えていた。するとそのとき、観客席の真ん中のあたりから
「わたしは、その猫のことを知っています」
という女の子の声がした。
(誰だろう?)
と思って、声がしたほうに目を向けると、杜真子だった。そのあとすぐ、今度は男の子の声がして
「ぼくも、その猫のことを知っています」
と言っていた。馬小跳だった。馬小跳の近くには、彼の親友である唐飛と張達と毛超もいた。ぼくはそれを知って、とてもうれしくなったから、にっこりと笑みを浮かべながら彼らを見ていた。それに気がついて、広場に集まっていたたくさんの子どもたちが
「本当だ。あの猫は確かに笑っている」
と言って、びっくりしたような顔をしていた。ぼくはそれを聞いて、子どもたちをもっと
楽しませなければと思って、いろいろな笑い顔を作ってみせた。おかしそうに、げらげら笑ったり、やるせない顔で笑ったり、にたにた笑ったり、あざけるような目で笑ったり、渋い顔で笑ったり、作り笑いを浮かべたりして、ぼくがこれまでに習得している笑いのすべてを披露した。ぼくの笑い顔を見て、子どもたちはみんな楽しそうに驚喜していた。ぼくのパフォーマンスでオープニングから子どもたちを愉快な気分にさせることができたので、これから始まるサーカスの演目に子どもたちの歓声が、ますますあがって、しあわせな気持ちにさせるに違いないと、ぼくは思っていた。