天気……気温が日ごとに上がってきている。草木の緑は濃くなり、様々な花が咲き始めた。うららかな陽ざしがいっぱいに降り注ぎ、公園のなかの景観は日々、変化して、訪れる人の目を楽しませるようになってきた。
楠林の近くにある広場のなかで先週の土曜日におこなわれたサーカスで、パフォーマンスをおこなったぼくの子どもたちは、これからも練習を続けて、この町の子どもたちを楽しませたいと思っていた。ぼくの犬友であるフェイナやシャオパイや、黒旋風の子どもたちも、そう思っていた。身につけた技にさらに磨きをかけて高度な技を習得するために、ぼくの子どもたちや、フェイナやシャオパイや、黒旋風の子どもたちは朝、昼、晩に別れて、スイカ―の指導を受けていた。スイカ―が言ったことを動物たちに伝えることができるのは、ぼくしかいないので、ぼくは朝から夕方までずっと楠林のなかにいて、スイカ―の通訳として働いていた。
サンパオは今度は一輪車乗りに挑戦することになった。おもちゃの一輪車に乗って、バランスを取りながら足でペダルをこぎながら前に進むという高度な技を身につけるために失敗を繰り返しながら練習を重ねていた。パントーは火の輪くぐりに挑戦することにした。火がついている直径二メートルぐらいの輪のなかを、すばやく、くぐり抜けるという技だった。最初は火がついていない輪の真ん中を飛ぶ練習を何度も繰り返しおこなって、コツをつかんでから火の輪くぐりに挑戦していた。それでもやはり、火を見ると、とても緊張して、ひきつったような顔をして、足がすくんでいた。アーヤーは空中綱渡りに挑戦することになった。樹間が五メートルある二本の楠の木に、地面から一メートルごとに五つの綱が張ってあったので、手でバランスを取りながら、一番下の綱から順に恐る恐る渡っていた。老いらくさんは今回は出番がなかったので、ぼくといっしょに子どもたちがおこなっている練習を、はらはらどきどきしながら見ていた。そのとき楠の木の上から小鳥の鳴き声が聞こえてくるのに気がついた老いらくさんが
「笑い猫、あの声は何の鳴き声だか分かるか」
と聞いた。ぼくは鳥のことはあまり詳しくないので、首を横に振った。すると老いらくさんが
「あれはガビチョウの鳴き声だよ」
と教えてくれた。
「ガビチョウですか?」
ぼくは聞き返した。老いらくさんがうなずいた。
「この楠林のなかには、いろいろな野鳥がやってきて、きれいな声で鳴いたり、巣づくりをしている。ガビチョウもそのなかの一つだ」
と教えてくれた。
「そうでしたか。ほかには、どんな鳥がいたり、巣づくりをしているのですか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「ハチクイや、サンコウチョウなどがいる。オナガや、クロウタドリや、コイカルなどもいる」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくは
「いろいろな鳥が来ているのですね」
と答えて、野鳥の種類の多さに感心していた。
「野鳥たちは、それぞれ交互にきれいな声で鳴きかわしながら、あいさつをしたり、鳴き声の美しさを競いあったりしている。ここはまさに野鳥たちにとってもパラダイスなのだ」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくは、鳥の鳴き声を聞いても、どの鳥が鳴いているのかよく分からないので、そのうちに教えていただけませんか」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「いいよ、わしはこの公園のことは何でも知っているから、この公園で見かける動物のことなら何でも知っている。この公園には野鳥だけでなくて、野ウサギやリスも住んでいて、あちこち動き回っている」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて
「ぼくはまだ野ウサギやリスを見たことはありませんが、いつか会って話をしてみたいです」
と答えた。すると老いらくさんが
「おまえは野ウサギやリスの言葉も話せるのか」
と聞いてきた。
「初めのうちは、うまく話せないかもしれませんが、慣れてきたら、だんだん話せるようになると思います」
ぼくはそう答えた。
「そうか。おまえは語学の天才だからな」
老いらくさんがそう言って、ぼくを持ち上げてくれた。
お昼まえに、子どもたちの練習が終わったので、ぼくは子どもたちといっしょに、うちへ帰ることにした。子どもたちは体を動かしておなかがすいていたので、早くご飯を食べたいと思って、途中から、かけ出していった。子どもたちの後ろ姿を見ながら、ぼくは
(この町の子どもたちが週末になると、ここにやってきて、踊ったり歌ったり、野鳥の声を聞いたり、動物の芸を見たりしたら、どんなに楽しいことだろう)
と思った。
お昼ご飯を食べてからひと休みして、ぼくはそのあと再び楠林のなかに戻っていった。
午後からはフェイナとシャオパイのダンスの練習や、黒旋風の子どもたちによるピラミッドづくりがあるので、スイカ―の言葉を通訳して伝えなければならなかったからだ。ピラミッドづくりというのは組体操のことで、四つん這いになった一番下の子豚の背中の上に、同じ姿勢をとった子豚が積み重なっていって、上に向かって高くなっていく技のことだ。子豚たちは何度も失敗していたが、めげないで、スイカ―の助言や黒旋風の励ましを受けながら頑張っていた。
フェイナとシャオパイはワルツのほかにポルカの練習も始めていた。ポルカはワルツとは違って四分の二拍子の曲なので、リズムやステップの跳び方がワルツとは違っていて、フェイナもシャオパイも初めのうちは戸惑っていた。しかしフェイナもシャオパイも踊ることにかけては天分に恵まれている犬だから、練習を重ねているうちに、だんだん、コツがつかめて上手になっていた。
午後の部の練習が終わったあと、ぼくはうちへ帰ってから夕ご飯を食べてひと休みしてからまた楠林のなかに戻ってきた。あたりはもうすでに暗くなっていたが、楠の木の根元付近にあるうろのなかに、ろうそくの明かりが灯っているのが見えた。スイカ―がそこにいた。近くにはオウムもいて、CDに合わせて音真似の練習をしていた。CDから流れている曲は、ドビュッシーの『月の光』や、ショパンの『ノクターン(夜想曲)』というピアノ曲だった。ぼくが以前、杜真子のうちで飼われていたときに、杜真子が夜寝る前に窓から月明りを眺めながら、これらの曲をよく聞いていたので、ぼくはあのころのことを思い出して、とても懐かしく思った。オウムの音真似は、月明りにぼんやりと照り映えた静寂な楠林のなかを、たゆたうように、ゆっくりと流れていた。楠林のなかにある楠の木はどれも樹齢が何百年にもなるような大きな木ばかりだったし、太い幹の上のほうを見ると、小さなうろが幾つもあいていて、この楠林にやってきた小鳥たちがそのなかをねぐらとしていることが分かった。木の根元付近にも、うろがいくつもあいていて、そのなかから豚たちの寝息が聞こえてきた。それを聞いて、黒旋風や、黒旋風の子どもたちが、うろのなかで寝ていることが分かった。
「おやすみなさい」
ぼくはそう声をかけてから、楠林を出て、うちへ帰っていった。
楠林の近くにある広場のなかで先週の土曜日におこなわれたサーカスで、パフォーマンスをおこなったぼくの子どもたちは、これからも練習を続けて、この町の子どもたちを楽しませたいと思っていた。ぼくの犬友であるフェイナやシャオパイや、黒旋風の子どもたちも、そう思っていた。身につけた技にさらに磨きをかけて高度な技を習得するために、ぼくの子どもたちや、フェイナやシャオパイや、黒旋風の子どもたちは朝、昼、晩に別れて、スイカ―の指導を受けていた。スイカ―が言ったことを動物たちに伝えることができるのは、ぼくしかいないので、ぼくは朝から夕方までずっと楠林のなかにいて、スイカ―の通訳として働いていた。
サンパオは今度は一輪車乗りに挑戦することになった。おもちゃの一輪車に乗って、バランスを取りながら足でペダルをこぎながら前に進むという高度な技を身につけるために失敗を繰り返しながら練習を重ねていた。パントーは火の輪くぐりに挑戦することにした。火がついている直径二メートルぐらいの輪のなかを、すばやく、くぐり抜けるという技だった。最初は火がついていない輪の真ん中を飛ぶ練習を何度も繰り返しおこなって、コツをつかんでから火の輪くぐりに挑戦していた。それでもやはり、火を見ると、とても緊張して、ひきつったような顔をして、足がすくんでいた。アーヤーは空中綱渡りに挑戦することになった。樹間が五メートルある二本の楠の木に、地面から一メートルごとに五つの綱が張ってあったので、手でバランスを取りながら、一番下の綱から順に恐る恐る渡っていた。老いらくさんは今回は出番がなかったので、ぼくといっしょに子どもたちがおこなっている練習を、はらはらどきどきしながら見ていた。そのとき楠の木の上から小鳥の鳴き声が聞こえてくるのに気がついた老いらくさんが
「笑い猫、あの声は何の鳴き声だか分かるか」
と聞いた。ぼくは鳥のことはあまり詳しくないので、首を横に振った。すると老いらくさんが
「あれはガビチョウの鳴き声だよ」
と教えてくれた。
「ガビチョウですか?」
ぼくは聞き返した。老いらくさんがうなずいた。
「この楠林のなかには、いろいろな野鳥がやってきて、きれいな声で鳴いたり、巣づくりをしている。ガビチョウもそのなかの一つだ」
と教えてくれた。
「そうでしたか。ほかには、どんな鳥がいたり、巣づくりをしているのですか」
ぼくは老いらくさんに聞いた。
「ハチクイや、サンコウチョウなどがいる。オナガや、クロウタドリや、コイカルなどもいる」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくは
「いろいろな鳥が来ているのですね」
と答えて、野鳥の種類の多さに感心していた。
「野鳥たちは、それぞれ交互にきれいな声で鳴きかわしながら、あいさつをしたり、鳴き声の美しさを競いあったりしている。ここはまさに野鳥たちにとってもパラダイスなのだ」
老いらくさんがそう言った。
「ぼくは、鳥の鳴き声を聞いても、どの鳥が鳴いているのかよく分からないので、そのうちに教えていただけませんか」
ぼくは老いらくさんにそう言った。
「いいよ、わしはこの公園のことは何でも知っているから、この公園で見かける動物のことなら何でも知っている。この公園には野鳥だけでなくて、野ウサギやリスも住んでいて、あちこち動き回っている」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて
「ぼくはまだ野ウサギやリスを見たことはありませんが、いつか会って話をしてみたいです」
と答えた。すると老いらくさんが
「おまえは野ウサギやリスの言葉も話せるのか」
と聞いてきた。
「初めのうちは、うまく話せないかもしれませんが、慣れてきたら、だんだん話せるようになると思います」
ぼくはそう答えた。
「そうか。おまえは語学の天才だからな」
老いらくさんがそう言って、ぼくを持ち上げてくれた。
お昼まえに、子どもたちの練習が終わったので、ぼくは子どもたちといっしょに、うちへ帰ることにした。子どもたちは体を動かしておなかがすいていたので、早くご飯を食べたいと思って、途中から、かけ出していった。子どもたちの後ろ姿を見ながら、ぼくは
(この町の子どもたちが週末になると、ここにやってきて、踊ったり歌ったり、野鳥の声を聞いたり、動物の芸を見たりしたら、どんなに楽しいことだろう)
と思った。
お昼ご飯を食べてからひと休みして、ぼくはそのあと再び楠林のなかに戻っていった。
午後からはフェイナとシャオパイのダンスの練習や、黒旋風の子どもたちによるピラミッドづくりがあるので、スイカ―の言葉を通訳して伝えなければならなかったからだ。ピラミッドづくりというのは組体操のことで、四つん這いになった一番下の子豚の背中の上に、同じ姿勢をとった子豚が積み重なっていって、上に向かって高くなっていく技のことだ。子豚たちは何度も失敗していたが、めげないで、スイカ―の助言や黒旋風の励ましを受けながら頑張っていた。
フェイナとシャオパイはワルツのほかにポルカの練習も始めていた。ポルカはワルツとは違って四分の二拍子の曲なので、リズムやステップの跳び方がワルツとは違っていて、フェイナもシャオパイも初めのうちは戸惑っていた。しかしフェイナもシャオパイも踊ることにかけては天分に恵まれている犬だから、練習を重ねているうちに、だんだん、コツがつかめて上手になっていた。
午後の部の練習が終わったあと、ぼくはうちへ帰ってから夕ご飯を食べてひと休みしてからまた楠林のなかに戻ってきた。あたりはもうすでに暗くなっていたが、楠の木の根元付近にあるうろのなかに、ろうそくの明かりが灯っているのが見えた。スイカ―がそこにいた。近くにはオウムもいて、CDに合わせて音真似の練習をしていた。CDから流れている曲は、ドビュッシーの『月の光』や、ショパンの『ノクターン(夜想曲)』というピアノ曲だった。ぼくが以前、杜真子のうちで飼われていたときに、杜真子が夜寝る前に窓から月明りを眺めながら、これらの曲をよく聞いていたので、ぼくはあのころのことを思い出して、とても懐かしく思った。オウムの音真似は、月明りにぼんやりと照り映えた静寂な楠林のなかを、たゆたうように、ゆっくりと流れていた。楠林のなかにある楠の木はどれも樹齢が何百年にもなるような大きな木ばかりだったし、太い幹の上のほうを見ると、小さなうろが幾つもあいていて、この楠林にやってきた小鳥たちがそのなかをねぐらとしていることが分かった。木の根元付近にも、うろがいくつもあいていて、そのなかから豚たちの寝息が聞こえてきた。それを聞いて、黒旋風や、黒旋風の子どもたちが、うろのなかで寝ていることが分かった。
「おやすみなさい」
ぼくはそう声をかけてから、楠林を出て、うちへ帰っていった。

