子どもたちのパラダイス

天気……今日は晴れたり曇ったりして、すっきりしない一日だった。きれいな青空が高く広がっていたかと思うと、にわかに空が曇ってきた。それを見て一雨降りそうだと思っていたら、雲はだんだん消えて天気がまたよくなった。

サーカスの興行が終わったあと、老いらくさんは、へとへとに疲れていた。ぼくの子どもたちのパフォーマンスを成功させるために、全力を尽くして協力してくれたからだ。アーヤーのムササビ飛びが終わったあと、ぼくはボールを静かに転がしながら楠林を出て、老いらくさんのうちがある梅林のほうへ向かっていった。ボールのなかから老いらくさんの消沈した声が聞こえてきた。
「笑い猫、わしはもう疲労こんぱいして死にそうだ……」
それを聞いて、ぼくはすぐに
「そんな弱気なことをおっしゃらないでくださいよ」
と言って、老いらくさんを励ましてあげた。梅林のなかに着くと
「ぼくはこれからうちへ帰って栄養のある食べ物を持ってきますから、しばらく待っていてください」
と言ってから、うちへ帰っていった。何がいいだろうと思って、うちのなかで、いろいろ考えてから、ゆで卵を持っていくことにした。馬小跳がこの前、持ってきてくれたゆで卵がまだ一つ残っていたからだ。ゆで卵はタンパク質が豊富だから、運動で疲れた筋肉を回復するためには最適の食べ物ではないかと思ったから、ぼくはすぐにゆで卵を袋に入れて首にかけてから梅林に戻ってきた。声をかけて老いらくさんを呼び出すと、それからまもなく老いらくさんがぼくの前に姿を現した。
「老いらくさん、これを食べてください」
ぼくはそう言って、老いらくさんの前にゆで卵を差し出した。それを見て老いらくさんが
「気を遣ってくれてありがとう」
と言って感謝してくれた。老いらくさんは食事をするときはいつもスケートボードを食卓の代わりに持ってきて、その上にテーブルクロスを掛けて食べる習慣があるが、今は疲れていて、スケートボードを持ってくる気持ちの余裕がないのか、地面に直接、ゆで卵を置いて、もくもくと食べ始めた。食べ終わると
「おいしかった。少しは体力が回復してきたように感じる。しかし飛んだり跳ねたりして、激しく動きまわったから、体の節々がまだ痛くてたまらない。もしかしたら、もう長くは生きられないかもしれない」
老いらくさんが珍しく弱気なことを言った。それを聞いて、ぼくは
「そんなことをおっしゃらないでくださいよ。老いらくさんは、ぼくにとって唯一無二の親友ですから、老いらくさんがいなくなったら、ぼくは寂しくてたまらなくなります」
ぼくはそう言って、老いらくさんを励ましてあげた。
しょぼくれた老いらくさんの姿は、ただの年寄りネズミにしか見えず、これまでのような生き生きとしたところは影も形も見えなかった。
「もうわしはこれまで十分生きてきたし、おまえと出会えて楽しかったし、おまえの子どもたちのために力の限りを尽くして去っていくのだから、悔いはない」
老いらくさんがそう言った。それを聞いて、ぼくは老いらくさんに強い口調で
「何をおっしゃっているのですか。元気を出してくださいよ」
と言った。ぼくはそのとき、万年亀のことをふっと思い出した。もともと悪いネズミだった老いらくさんを更生して、立派なネズミに変えたのは万年亀だったからだ。もし老いらくさんが、このまま世を去って行ったら、ぼくの子どもたちのために協力してもらったことが原因で世を去ったことになり、ぼくにとって悔いても悔い切れない悲しみが残ってしまう。絶対にそうなってはいけないので、ぼくは万年亀を探しにいって相談することにした。老いらくさんは、ぼくにとって老師だが、万年亀は、老いらくさんにとって老師なので、弟子の深い落ち込みを知ったら、元気を出させるために何かよい知恵を授けてくださるかもしれないと思ったからだ。サーカスの興行は終わったが、楠林のなかには子どもたちのにおいがまだ色濃く残っていたので、もしかしたら万年亀はまだ楠林のなかにいるかもしれないと思ったので、ぼくは老いらくさんと別れたあと、楠林のなかに戻っていった。するとやはり、ぼくが思っていたとおりだった。ぼくが楠林のなかに入ったとたん、
「笑い猫、どうしたのだ。何かあったのか」
と、万年亀から声をかけられた。
「老いらくさんが疲れていて弱っています。お助けしていただけないでしょうか」
ぼくは万年亀にそうお願いした。老いらくさんの今の状態を、ぼくは万年亀に詳細に話した。すると万年亀が心を痛めながら
「しばらく転地療養に連れていってみようと思っている」
と言った。それを聞いてぼくは、うなずいた。
「しばらくここを離れて、リラックスしたら、老いらくさんに、いつものような元気がまたよみがえってくるかもしれません」
ぼくはそう答えた。すると万年亀が
「これまでずっと緊張のしっぱなしだったから、終わった瞬間に心身ともに疲れがどっと出たのかもしれない。でも大丈夫だ。これまで何度も危機を乗り越えてきて何百年も生きてきたネズミだからまたきっと元気になるよ」
と言った。
「そうあってほしいと、ぼくは心から望んでいます」
ぼくは万年亀にそう答えた。ぼくはそれからまもなく万年亀を連れて梅園のなかに行って老いらくさんと会わせた。万年亀の姿を見て、老いらくさんがとても喜んでいた。万年亀が老いらくさんを転地療養に連れていきたいと思っていることを話すと、老いらくさんがまんざらでもないような顔をしていた。ぼくもいっしょに行きたいと思ったので、そう言うと、万年亀が
「おまえはここに残りなさい。三日後にまたここへ戻ってくるから」
と言った。それを聞いて、ぼくは万年亀に
「分かりました。では、しあさっての朝、ここでまたお会いしましょう」
と言った。それからまもなく万年亀は老いらくさんを甲羅の上に乗せて梅林から出て行った。
万年亀と老いらくさんの姿が見えなくなったあと、ぼくはうちへ帰っていった。サンパオが
「お父さん、今日のサーカスは楽しかったね。ぼくは二回転ジャンプに成功して、着地も決まったから、子どもたちから拍手してもらった。とてもうれしい」
と言った。
「そうだね。父さんもうれしいよ」
ぼくはサンパオにそう答えた。
「ぼくは今度は違ったことに挑戦するよ」
サンパオがそう言った。それを聞いて、ぼくはサンパオに
「そうか。おまえは向上心が強いなあ」
と言って、サンパオのチャレンジ精神をほめたたえてやった。
「明日は一日休んで、疲れをとって、あさってからまた練習に行こうと思っている」
サンパオがそう言った。それを聞いて、ぼくはサンパオに
「あさってではなくて、しあさってからにしなさい」
と言った。それを聞いてサンパオがけげんそうな顔をしながら
「どうしてですか?」
と聞き返してきた。それを聞いて、ぼくはサンパオに
「ボールも疲れていると思うから、ボールにも二日間、休ませなさいよ。一日だけの休みでは十分に疲れが取れなくて、おまえのパフォーマンスにうまく反応できないと思うから」
と答えた。するとサンパオが小首をかしげながら
「ボールが疲れるの?」
と聞き返してきた。ボールのなかにネズミが入っていることをサンパオは知らないので、サンパオが不思議そうな顔をしているのも、もっともだった。
「あのボールは普通のボールとは違って、まるで生きているようなボールだから疲れることもあるさ」
ぼくはサンパオにそう答えて、お茶を濁した。
「分かった。ではあさってまで休むことにして、練習はしあさってから始めることにする」
サンパオがそう言った。ぼくはそれを聞いて、ほっとした。パントーとアーヤーも、さらに高度な技を身につけたいと思っていたから、ボールのことを大切に思っていて
「お父さんがそう言うのなら、ぼくもしあさってまで待つことにするよ」
「途中で疲れて空気が抜けて、ボールがぺちゃんこになったら練習ができなくなってしまうからね」
と答えて、ボールを使った練習をすることを、あさってまで休むことにしていた。
それから二日間、ぼくは老いらくさんのことをずっと思っていた。今、どこにいるのか知らないが、万年亀のもとで疲労回復に努めているに違いないと思っていたから、もとのように元気になった老いらくさんの姿を早く見たいと思っていた。
三日目の朝、ぼくは、そそくさとしながら梅林のほうへ行った。梅林の入口を入ったとたんに万年亀が出てきて
「笑い猫、戻ってきたよ」
と、声をかけられた。万年亀の甲羅の上には老いらくさんが乗っていた。
「どこに行っておられたのですか」
ぼくは万年亀に聞いた。
「深山に行っていた」
万年亀がそう言った。
「深山ですか?」
ぼくは聞き返した。万年亀がうなずいた。
「とても深い山のなかにある神秘的な泉のほとりで過ごしていた。その泉は温泉のような泉で、温かいお湯が地中から湧き出ていて、なかに入るととてもリラックスできる泉だった。わしはネズミを甲羅に乗せて、泉のなかをゆっくりと泳いでいった。するとだんだんネズミが元気になっていくのが分かった」
万年亀がそう言った。
「そうでしたか、それはよかったです」
ぼくは万年亀にそう答えた。ぼくはそのあと老いらくさんに
「気分はどうですか」
と聞いた。すると老いらくさんが
「疲れがすっきり取れて、心がとてもリラックスしている」
と答えた。万年亀がそのあと、ぼくに温泉療法の効能について話してくれた。
「温泉につかると筋肉の疲労回復に効果があるだけでなくて、痛んだ切り傷を治したり、関節のこわばりを軽減することができる。温泉水を飲むのも効果的で、薬を飲んだのと同じような効果がもたらされる」
と言った。ぼくはこれまで温泉に入ったり、温泉水を飲んだことは一度もなかったが、万年亀の話を聞いて、いつか機会があったら、ぼくも一度、温泉に入ったり、温泉水を飲んでみたいと思った。
ぼくはそのあと老いらくさんに
「ぼくの子どもたちはボールを使った練習をもっとしたいと言っています。病み上がりの老いらくさんに、またご協力をお願いするのも心苦しい限りですが、またお願いしてもよろしいでしょうか」
と遠慮がちに聞いた。すると老いらくさんがうなずいた。
「もちろん、いいよ。わしはすっかり元気になったから」
老いらくさんがそう答えてくれた。それを聞いて、ぼくは
「ありがとうございます」
と答えて老いらくさんにお礼を言った。
「わしはこれから準備をしてくる。ツバキ油をてかてかと塗って、ネズミのにおいを消してから、ボールのなかに入って転がってくる」
老いらくさんがそう言った。
「分かりました。しばらくここで待っています」
ぼくは老いらくさんに、そう答えた。老いらくさんはそのあと、うちへ帰っていった。待っている間に、万年亀が
「わしは、あの楠林の辺りを子どもたちのパラダイスにするために、これからも手伝いたいと思っている。わしにできることがあったら何でもするから、遠慮なく話してくれ」
と言った。それを聞いて、ぼくは千人力を感じた。
「ありがとうございます。大先生がそうおっしゃってくださると、本当に心強いです」
ぼくは万年亀にそう答えた。それからまもなく老いらくさんが、ボールのなかに入って転がってきたので、ぼくは老いらくさんを連れて、うちの前までいって、子どもたちに会わせることにした。万年亀が
「わしはこれから、子どもたちのパラダイスを作るためにはどのようにしたらよいか計画を練ってくる」
と言って、それからまもなく、ぼくや老いらくさんと別れて、どこかへ去っていった。
老いらくさんが、ぼくのうちの前まで転がっていくと、子どもたちが顔を出して
「あっ、ボールだ」
「元気そうに弾んでいる」
「これからまた練習に励むことができるわ」
と言って、うれしそうな顔をしていた。