林へ入ると、ウィルは次第に足を速めた。
アリスの体調について、一刻も早く医師の口から聞きたかった。
それに、作戦を終えた以上、撤収を急ぐ必要もある。
やがて歩いていることすらもどかしくなり、待機場所へ向かって駆け出す。
後ろをついてきていた騎士たちも、それに続いて一斉に足を速めた。
ほどなく、小屋が見えてくる。
その前に、ザイル医師の姿があった。
診察を終え、ちょうど外へ出てきたところらしい。
「様子は」
ウィルは息を整える間もなく尋ねた。
「命に別状はございません。煙をかなり吸い込んでおられますが、呼吸も落ち着いております。ほどなくお目覚めになるでしょう」
ザイル医師は穏やかな表情で答えた。
「……そうか」
その一言を聞いた瞬間、ウィルは大きく息を吐いた。
肩から力が抜けていく。
塔の中で呼吸を確かめた時も、外へ飛び降りたあとも、大丈夫だと思っていた。
それでも、医師の口からそう告げられて、ようやく胸を撫で下ろした。
「今は濡れた衣服を替えております」
「あぁ」
ウィルは小屋へ視線を向けた。
ザイル医師も一度そちらへ目をやり、わずかに表情を曇らせる。
「ただ……炎の中に取り残された恐怖は、思っている以上に心へ残ることがあります」
ウィルは再び医師を見る。
「お目覚めになった時、不安になられるかもしれません。できるだけ安心させてあげてください」
「わかった」
ウィルは表情を引き締めた。
「軽い怪我をしている者がいる。診てやってくれ」
「わかりました」
ザイル医師は一礼すると、その場を後にした。
入れ替わるように、部下の一人が乾いた衣服を手に歩み寄ってくる。
「団長、こちらを」
「あぁ」
ウィルは上着へ手をかける。
肩を動かした瞬間だった。
「……っ」
背中へ鈍い痛みが走る。
そのわずかな反応を、部下は見逃さなかった。
「痛む箇所を教えてください」
「この程度なら問題ない」
「いえ。確認します。脱いでください」
どこか有無を言わせない口調に、ウィルは小さくため息をつき、上着を脱ぐ。
部下は背へ視線を走らせ、わずかに眉を寄せた。
「背中から腰にかけて、かなり赤くなっています。少し腫れもあります」
「そうか」
「薬草を貼ります」
ウィルは小屋へ視線を向けた。
今すぐアリスの傍に行きたい。
けれど、まだアリスの着替えも終わっていない。
「……頼む」
「承知しました」
部下は赤く腫れた部分へ薬草の貼り薬を当て、包帯で軽く固定していく。
「できるだけ無理に動かさないでください」
「あぁ。助かった」
返事だけをして、ウィルは乾いた衣服へ袖を通した。
部下は何か言いたげな表情を浮かべたが、結局何も言わなかった。
身支度を整え終えた頃、小屋の扉が開く。
ダリアが姿を現した。
「団長、姫様のお着替えが終わりました。まだお眠りになっておられます」
「分かった」
その言葉とほとんど同時に、ウィルは小屋へ向かっていた。
ダリアと入れ替わるように、中へ入る。
簡素な寝台には、着替えを終えたアリスが横たわっていた。
かすかな寝息が聞こえる。
ウィルはゆっくりと傍らへ歩み寄った。
顔色はまだ少し悪い。
目の周りは赤く腫れ、頬には乾いた涙の跡が残っていた。
ウィルの眉がわずかに寄る。
――一人で泣いていたのか。
炎と煙の中で。
助けが来るかどうかも分からないまま。
その涙の跡を辿るように、そっと頬へ手を添える。
何も言わず、アリスを見つめた。
胸元には、鈴蘭のネックレスが残っている。
ウィルは一瞬だけそこへ視線を落とした。
――生涯かけて守ると、約束したのに。
ウィルは眉を寄せ、目を伏せた。
それでも、頬へ添えた手を離せなかった。
「……すまない。遅くなった」
ウィルは身をかがめ、アリスを丁寧に抱き上げる。
腕の中へ戻ってきた確かな重みに、深く息を吐く。
そして、アリスを胸元へ抱き寄せた。
――もう、どこへも……。
しばらくそのままアリスを抱いてから、小屋を出る。
待機していた騎士たちが一斉にこちらを向いた。
ウィルは短く告げる。
「撤収する」
「はっ」
騎士たちがすぐに動き始める。
ウィルはそのまま馬車へ乗り込んだ。
腕の中では、アリスが変わらず寝息を立てている。
ウィルはその体を、もう一度そっと抱き直した。



